「麻雀バー」という業態の店がある。酒を飲んで話をするバーではあるが、カウンターの中で麻雀プロが接客し、店内のディスプレイでは麻雀の情報が流れ、店の中心に「麻雀」があるがゆえに、人々が集まってくる空間だ。この「麻雀バー」の先駆者で、都内に3軒の店を持つ奥山敏行さんにお話を伺った。
「結論から言えばうまくいってます」
奥山さんが経営している麻雀バーは、開店順に「R」(武蔵小山・2014年9月オープン・店長は最高位戦の谷崎舞華プロ)、「ガーデン」(新宿歌舞伎町・2016年12月オープン。店長は最高位戦の塚田美紀プロとプロ協会の水口美香プロ)、「シトラス」(渋谷・2018年12月オープン・店長はプロ協会の柚花ゆうりプロ)の3軒だ。
奥山さんはこの他に、神田(東京都)と関内(横浜市)に「にゃお」という雀荘も持っているが、
「ビジネスとしては、麻雀バーのほうがうまくいってます」と言う。
「私が経営している麻雀バーのビジネスの仕組みは全店同じで、すべての売上はまず、私の会社・グッドチョイスの口座に入金されます。私はその中から、家賃と光熱費と、あらかじめ額を決めておいたプラスアルファの収入を引いて、残金をその店を任せている女流プロの口座に入金する、というシステムです。仕入れも人件費も店長の裁量でやってもらうので、苦しい月もあると思います。そんな時も、工夫して努力して利益が出たら、その頑張った分だけ店長が潤うようにしています」
奥山さんは、八丈島(東京都)出身。東京の大学を出て保険会社に就職したが、会社が外資企業に買収されたのを機に退社。在職中に取得したファイナンシャルプランナーの資格を生かすために会社を設立した。コンサルタントなどの仕事が好調で、経済的には安定している。一方で、アマチュアの競技麻雀プレイヤーとして、数々のタイトル戦や私設リーグに参加。麻雀店の「にゃお」2軒も、麻雀バーの3軒も、「麻雀」という趣味の延長だ。
「麻雀愛好家のみなさんに需要があるなら、こんな商売はどうだろうか、と考えて、やってみたらうまくいったという感じですね」という奥山さん。「女流麻雀プロにバーを任せる」という形を奥山さんが思いついたのは、まったくの偶然だった。
きっかけは知り合いのバーの応急処置
数年前、JR大久保駅前に「シャンテン」というバーがあり、奥山さんも時々行っていたのだが、ある日、この店のマスターがどうしても外せない用事があり、急遽女流プロに1日店長を依頼したことがあった。
思いがけず、バーの仕事を任された女流プロが「はこパラ」という麻雀SNSで告知したところ、ファンの男性が殺到。奥山さんもその日、友人と「シャンテン」を訪れた。
「女流の麻雀プロですから、あちこちの雀荘にゲストに入ることはありますが、雀荘だと麻雀を打たないといけないのであまり話をする時間がありません。でも、バーはと飲んで話す時間がたっぷりあるので、ファンがたくさん来たんです。私は仲のいい友人と行きました。友人は、キャバクラでは恥ずかしがって女の子とほとんど話せないのに、その日カウンターの中にいた女流プロとはずいぶん盛り上がったんです。キャバクラの女の子に麻雀の話なんかしても『はぁ?』って感じでしょうが、相手が麻雀プロだと、麻雀が共通の言語になるんですね。酒の力を借りながら、生き生きと話している友人を見て、『麻雀プロと酒を飲める場は需要があるんじゃないか』と思って、真剣にビジネスとして考え始めました」
第1号店の「R」は、自分の家の近くの武蔵小山駅前にオープンした。
「最初の店長は、プロ協会の真希夏生プロでした。もともと人気者でしたから、『真希さんと飲みながら話せるなら行きたい』というファンが多くて、武蔵小山という若干辺鄙なロケーションながら、けっこう人が来てくれました。席数は10席あまりの狭い店ですが、真希さん一人で切り盛りするのは大変なので、後輩の女流プロを日替わりヘルプで雇っていましたね。営業時間は18~24時くらいで、ヘルプの女の子は日当10000円前後で、終電前には帰らせてました。女の子たちも女流プロだから麻雀の話はできますし、みんなちゃんとSNSで告知してましたから、集客力はありました」
雀荘ゲストの女流プロを追っかけるファンが、バーにも追っかけてくるというパターンが、こうして構築されていった。
「キャバクラでは何を話していいのかわからずもじもじしているような人が、麻雀の話になると意気揚々と、けっこう上から話すので驚きました。真希プロはじめ、女流プロたちが麻雀に真面目なので、いい形で盛り上がったんだと思います」
家賃の高い新宿・渋谷でも店は成功
「店長がつとまる女流プロは、ゲストに来てもらった時の接客を見ていてもわかります。水口美香プロが『R』のヘルプに入ってくれた時の集客力がものすごく、素晴らしかったので、2軒目はぜひ水口さんに任せたいと思いました。でも、『荷が重い』と難色を示され、やはり人気の高い塚田美紀プロに打診したら、こちらも『負担が大きい』と二の足を踏まれました。二人とも同じような返事だったので、『じゃあ、二人店長はどうですか?』と提案したら、二人ともやる気になってくれました」。
新宿・歌舞伎町の角地にあるビルという好立地で、家賃もそれ相応に高い「ガーデン」だが、水口・塚田の人気で出足は好調。
店をオープンした数か月後、塚田は石橋伸洋プロ(最高位戦)と入籍して出産準備に入ったが、店長は続けた。
「塚田プロは明るくて、自分も飲んで、客にも飲ませて場を盛り上げながら売上を稼ぐタイプなので、産休期間の営業は正直言って不安でした。でも水口プロの頑張りと、彼女たちを支えるファンの皆さんのおかげで、ずっと好調を維持できました」
酔客によるトラブルなどはないのだろうか?
「ほとんどありませんね。ごくたまに、『お客様が酔いつぶれて寝てしまったんですけどどうしましょう』と電話がかかってくることがありますが、麻雀をする人はだいたい、引き際がきれいです。
酔っぱらって盛り上がっていても、『閉店です』と言うと『あ、そう、じゃあまた』とあっさり帰って行かれます」
出待ちなど、しつこい酔客は?
「それもないですね。むしろアフターよりも、開店前の時間をファンとの交流に使っています。ガーデンは19時開店なんですけど、水口プロがやっているポコチャ配信の、星の高い(貢献度の高い)会員限定イベントを開店時間より少し早めの時間からやることがあります。歌舞伎町のバーにいきなり来にくい人でも、配信で呼びかけたファン限定のイベントなら来やすいですし、それをきっかけにガーデンに通ってくれるという相乗効果もあります」
男子プロも人気
奥山さんは、
「自分が、麻雀が好きなので、麻雀好きな人たちの気持ちがわかるというか、どういう場を求めているのかがわかるんですよ」と言う。
「でも、園田賢プロや村上淳プロ、松本吉弘プロをゲストに呼んだ時に女性客で満員になったのには驚きましたね。男が入る余地が全くなくて、あっちこっちから『プロ、私のお酒を飲んで!』『次は私が御馳走します!』と競うように声がかかっていました。一晩でシャンパンが何本もあきましたねえ。男性プロがカウンターにいて女性客が詰めかけるという形までは想像していませんでしたが、麻雀が好きで、麻雀プロが好きな皆さんに楽しい場を提供できているならうれしいです」
奥山さんのまなざしはやさしいが、確実に、次の店、次のビジネスを見据えている。麻雀の世界の一隅を照らす「麻雀バー」のトップランナーとして、ますます活躍していただきたい。
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文 赤松薫