【好評発売中!!】ミスター麻雀は何を見ていたのか? 「いま改めて小島武夫 を考える」【近代麻雀6月号】

5月28日でミスター麻雀こと小島武夫プロが亡くなって3年になる。

自由奔放に生き、歴史的大敗を喫しても金に詰まっても女性に詰め寄られても、すべてを「ガッハッハ!」で済ませてきた稀代のスターは、本当はどんな人物だったのであろうか。

小島武夫の歴史をひもとけば麻雀界の歴史が見える。

小島武夫を知れば、麻雀界の未来が見える。

文・黒木真生

本当は鳴きの名手だった

小島武夫は2・26事件が起こる少し前の1936年に博多に生まれた。

母はバクチが上手で、特に花札の名手だった。

父はあまり働かない人で、音楽をやっていた。

普通、そういうご両親に育てられると「自分はちゃんとしなきゃ」と手堅い人生を送ろうとするものだが、小島武夫は違った。

完全に「遊び人のプロの総大将」になったのだからすごい。

小学校の時に終戦を経験し、中学を卒業するとパン屋に就職したが、麻雀を覚えて雀荘に入り浸るようになり、ついにはその店で働くようになった。

当時の麻雀は「ブー」である。いま皆さんがやっているリーチ麻雀とは全然ルールが違う。

おおざっぱに言うと各自が満貫分だけ持ってスタートし、誰かが満貫分浮いたら終了。もしくはトビになったら終了である。

ただし、3人浮きだとチョンボになってしまい、1人浮きで勝てば実入りがデカい。

そういうゲーム性だから、やたらと高い手をアガればいいというものではない。

たとえば東1局に満貫をロンしたら1人沈みでチョンボだ。

しかし、満貫をロンする前に小さな手をツモって1人浮きにしておけば、次に満貫をロンできる。

自然、ブーの麻雀は鳴き合戦になる。

後ヅ ケは当たり前で状況に よってはわざと放銃したり、わざと鳴かせたりもするし、見逃しも横行するから本当の「読み」の力が必要になる。

「むやみにポンチーするな」

が口癖だった小島の麻雀の礎は、意外にも鳴き麻雀で築かれていたのであった。

ブー麻雀は後に警察から禁止され、代わりに現行のリーチ麻雀が普及することになるのだが、もし、そのままブーが流行り続けていたら、小島はどんな麻雀をファンに魅せていたのだろうか?

競艇場でもカジノでも酒の席でさえも常に人を惹きつけ、周囲の笑顔の中心にあった生粋のスター小島なら、ブー麻雀でも「魅せる」方法を編み出していたであろう。

麻雀新撰組がプロ雀士の源流

上京した小島は阿佐田哲也に見いだされ「麻雀新撰組」の一員として活躍するようになる。

「麻雀新撰組」とは、大ヒット作「麻雀放浪記」を連載中の阿佐田が双葉社の編集者たちと一緒に作ったグループで、著名人雀豪たちに挑戦状を叩きつけ、闘って勝ちまくる様子を読者に楽しんでもらおうとしたものである。

阿佐田はすでに神格化されつつあった。

阿佐田が坊や哲のモデルであると読者たちは期待し、その麻雀や観戦記の文章を楽しんだ。

小島のスター性も読者たちの心をつかみ、「麻雀新撰組」は阿佐田の狙い通り大ブレイクし、ここに「麻雀エンタメ」が成立することが早くも証明されたわけである。

小説「麻雀放浪記」は文字によるエンターテインメント作品であったが「麻雀新撰組」が仕掛けた数々の企画は、麻雀打ちがその魅力を発揮することでエンタメとして成立するという、まったく新しいものだった。

これが今の麻雀業界につながっていると言っても過言ではないだろう。

今でこそ映像配信が手軽になり対局を商品化することが可能になってきてはいるが、それでも面白くなければ客は金を払わない。

そもそも面白くないものは誰も見ないのだ。

あくまでも「麻雀新撰組」のメンバーたちが魅力的でカッコよくて面白かったからブレイクしたのである。

麻雀が上手で、強くて勝ったから人気があったのではない。

それは当然の要素であって、その上に「面白い」がなければ「プロ」ではないのである。

小島のアガリはアイキャッチ

だから、小島にとって「魅せる麻雀」は当たり前のことだった。

読者に見てもらうために打っている麻雀なのだから「見せる」べき麻雀なのである。

もっと言えば「見せる」 のは当然で、読者を惹きつけて惚れさせなければならないから「魅せる」なのだ。

5年ぐらい前に編集者と話していて「アイキャッチ」という言葉を初めて知った。

昔からある言葉らしいが私は知らなかった。

聞けば「目立つ何か=アイキャッチ」がなければ読者の目はページに留まらないという話だ。

それが近代麻雀においては「綺麗 で派手な牌姿」なのだと言う。

どんなに面白い観戦記でも、目立つアガリ形やテンパイ形がないと読まれない。

だから文脈に関係なくても、ページのどこかに大きく綺麗なアガリ形があると読者は文章を読んでくれるということだった。

それってつまり小島武夫の牌譜じゃないのか?

観戦記者は苦労して牌譜をなぞりながら途中手順の素晴らしさを解説するが、読者はいったいどこまでついてきてくれるだろうか。

それよりもまず「バーン!」とタンピン三色とか、メンホン一気通貫とかのアガリ形が見えないとそもそもその文章を読んでくれないかもしれない。

私は花見の席で小島に聞いたことがあった。

「先生、もしかして先生は雑誌しか媒体がなかった時代に、牌譜の最終形そのものをアイキャッチとするために、派手でキレイなアガリ形にこだわっていたのでしょうか?」

そう聞いたのだが、小島はだいぶ酒が入っていて、

「アイキャッチってなんだ?」

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