中央線アンダードッグ
長村大
第35話
ドラ
オーラス、アガリトップの西家である。はっきりと苦しい配牌、重なってほしい字牌すらない。
親の第一打のをトップ目の北家がポン、ほとんど諦めるべき状況は揃った。下位勢と大きな差があるわけでもないため、親にアガられるのも面倒だ。場合によってはトップ目をアシストする必要すらあるだろう。
ところが、この鳴きでと流れてきた。
あっという間に形となった。次巡が暗刻になり、すぐにが出たのでポン、またもやすぐにが出てロン、終了。
ポン ロン
配牌からのツモが、数字の9だけツモって役ができた。麻雀はこんなに簡単なゲームであっただろうか。
代表選挙での悔いの残る敗戦から数か月、季節は夏に差し掛かっていた。おれはBリーグ、当時はA2やB2といったリーグは存在しなかったので、つまり上から2番目のリーグで戦っていた。
皮肉なことに、かはわからないが、春先から絶好調であった。まだ全日程の半分程度を消化しただけだが、ぶっちぎりの首位を走っていた。さすがに気分が悪かろうはずもない。
同時に、選挙で負けた本人であるオオトモも、Aリーグでは好調であった。こちらこそ皮肉かもしれなかった。もちろん先のことはわからないが、残り半分、大過なく過ごすことができればおれはAリーグ昇級、オオトモは決定戦に乗ることになるだろう。
そんなある日、またもやオオトモから電話があり、カジとおれの二人でオオトモの事務所まで出向いた。バベルの事務所から歩いて5分ほどの場所、いわばご近所さんでもあるのだ。
「おはようございます。オオトモさん、どうしたの?」
カジが軽く聞く。
「いや、実は日本麻雀プロ協会、辞めようと思ってさー」
オオトモも軽く答えた。暗かったり、悲壮感みたいなものはまるで感じさせない、日常会話の延長のようだった。
カジと顔を見合わせる。
「けっこう大変なことをサラっと言いましたが……。どういうことですか? なにかあったんですか?」
今度はおれが聞いてみた。
「いや、なにがあるわけでもないんだけど。次の選挙まで2年だろ? それまで待ってもう一回やるのも面倒になっちゃってさ。麻雀にもあんまり身が入らないし」
「そのわりには好調なようですけど。で、辞めてどうするんですか?」
「新団体を作ろうと思うんだよ」
またもやカジと顔を見合わせた。
「新団体って、一応確認するけど、麻雀のプロ団体ってこと?」
カジが言う。
「もちろんそうだよ。選挙で手を上げてくれたやつらが来てくれれば、なんとか形になるだろ」
「いや全員来るとは限らないでしょうよ。代表選挙と新団体立ち上げじゃ全然違うし。まあそれはいいんだけど、いつからやろうと思ってるの?」
「とりあえず今年の日程終わってからだよね、さすがに」
しばしの沈黙を破って、カジがまとめた。
「なるほど。とりあえずオオトモさんの考えはわかりました。といってもこちらも仕事で絡んでる会員もいるし、ちょっと持ち帰って考えさせてよ」
「それはおれも同じだからね。どちらにしろ今すぐにって話ではないからさ、またおいおい打ち合わせしようよ」
「だってよ、どうする?」
事務所までの短い道のりで、カジがおれに聞いてきた。
「どうなんでしょう?」
質問に質問で返す。
「うーん、まあオオトモさんのことだからある程度は思いつきで言ってる部分もあるだろうし、急に考えを変えることもあり得るだろうし。とはいえわざわざおれたちを呼び出すくらいだから、現時点で本気は本気なんだろうな。とりあえずもう一回なにか言ってくるまでは、こちらとしては静観しとくしかないんじゃないかな」
「そうですね。このまま立ち消えになったりもありそうですもんね」
翌日である。
またもやオオトモからかかってきた電話は、我々を驚愕させるに十分なものであった。
「昨日の話だけどさ、さっきタカシロさんに電話して、今日付けで辞めますって言っちゃったよ。おれのことだから、時間が経つと面倒くさくなったり決意が鈍ったりしそうだからさ、アハハ」