南2局1本場、肩で息をする蒼井が続けて親リーチをかけた。
もはや、足を止めることが許されない。
しかしまたしても、ルーキー杉浦が立ちはだかる。鳥井の切ったにポンの声を発したのだ。
昨年は最強戦ガールを務めた杉浦まゆ。
競技歴は短くとも、プロ4年目にして女流桜花Aリーグに在籍、今年6月からは麻雀荘の店長に就任するなど、その実力は折り紙付きである。
私の知っている限りで、杉浦まゆを悪く言う人はいない。
杉浦が自分のお客さんをとても大切にすること、どんな大会でもにこにこ笑顔で打っていることが、ファンの心をつかんで離さないのである。
これまでの8局、アガリも放銃もなくじっと息を潜めていたルーキー杉浦が、ついに先輩である蒼井の最後の親を落とす大きな2000・4000のアガリを果たした。
蒼井と辻の条件が厳しくなった南3局、杉浦が丁寧にピンフを作りメンピンツモ700・1300のアガリ。事実上、優勝は杉浦と鳥井の2名に絞られた。
オーラスを迎えて、1着杉浦と2着鳥井の差は僅か800点である。
但し杉浦はラス親であり、1局で伏せることが難しい。
6巡目、ピンフのイーシャンテンに漕ぎ着けた鳥井。
ここにきて、鳥井の“お祈りチョンチョン”に次ぐ必殺技、“お祈り理牌”が発動した。
埋まってほしい部分に余剰牌(この場合は)を入れることで、そこが先に埋まる可能性がアップするのである。いや、ふざけてなんかいない。鳥井はずっと、こうして勝ってきたのだ。
引きは叶わなかったが、無事を引き入れて山に5枚残りのテンパイを果たした。
しかし杉浦も指を咥えて見ていた訳ではない。決して楽とは言えなかった配牌をなんとかタンヤオテンパイに漕ぎ着け、驚きの嶺上開花で待ち牌の枚数差をひっくり返したのである(1600オール)。
南4局1本場、杉浦は伏せれば優勝であり、今度こそ1局勝負である。
1300・2600条件の鳥井に、最後の分岐が訪れた。
何を切る。選択を外すことは許されない。
鳥井の選択は、切りであった。
その後に、と引き入れ、単騎でツモ条件を満たしたリーチが、杉浦に向かって牙を剥いた。
杉浦は、最後の集中力をベタオリに使う。は山に2枚あった。
あと4枚…あと3枚…捨牌も3段目になり、それぞれの脳内でカウントダウンが始まった。
前傾姿勢で山と格闘する鳥井を、杉浦が祈るように見つめる。誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。
新世代の4人は、今の自分たちにできることを全てやった。
優勝を言い渡す役目は牌山に委ねられた。
こんな大舞台でもいつだって無邪気な牌山は、終局間際に2枚のを蒼井と辻へそっと配り、少ないチャンスをモノにしてきた杉浦の優勝を祝福したのである。
対局終了後、最強戦のワードで幾つかのツイートがあった。否定的なツイートは少なく、その殆どは、選手たちの背中にかけられる温かい毛布の言葉であった。
中には、「この対局をみて鳥井プロのことめっちゃ好きになりました」「2年連続で決勝卓に残れる蒼井ゆりかさんはすごいです!」「辻さんのパンダチャイナ最高!」「杉浦プロのことを初めて知りました。嶺上開花カッコ良かったです」のような、それぞれの選手にとって嬉しいツイートもたくさんあったのだ。
優勝者の陰で、敗者は記録にも記憶にも残らないなんて、そんなことはこれっぽっちも無かった。
いつかこの新世代メンバーがそれぞれ大きく花開いたとき、「オレ超有名な◯◯プロのことを昔から知っているよ!そういえば◯◯プロのことを初めて知ったのは最強戦だったな」とファンの方に言って貰える日がくるなら、あのとき敗退で堪えた涙も、長い麻雀人生のアルバムに笑顔で飾ることができる。
心から、そう感じた。
元 日本プロ麻雀協会所属(2004年~2015年)。
会社に勤める傍ら、フリーの麻雀ライターとして数多くの観戦記やコラムを執筆。
Twitter:@ganbare_tetchin