勤め人なのに
どう見ても遊び人
かつて私は、一時流行して今は無い、2の2・4の東風戦の雀荘で遊んでました。
このレートだと、雀ゴロも遊び人も麻雀で食える人がけっこう出ます。
その雀荘に、毎日朝から夕方まで打っている若い長身のサラリーマンがいました。
「おはようございます」
「お、定時出勤だな」
年配客が冷やかします。
名前は確か大木さん。
身長190センチくらいで胸板も厚く、いかにもスポーツマンという感じ。
上着を脱いでスリッパに履き替え、モーニングセットのトーストを食べながらスポーツ新聞に目を通します。
そのうち誰かが抜けたら卓に入るという、周りから見ると余裕のある麻雀打ちに見えました。 大物手狙いが好きで、終盤に目の覚めるようなアガリをすることもしばしば。
負けると少しアツくなっているように見えましたが、夕方は定時に会社に帰って行きました。
勤務中に麻雀を打つ人は多いけど、たいていは短時間の気晴らしで、その後は営業などに出かけるのが普通ですが、大木さんはずっと雀荘にいました。
「俺は窓際族じゃなくて、窓外族だからな」
大木さんが自嘲気味に話してくれたんですが、なんと彼には入社以来数年間一度も仕事がないんだそうです。
雀荘の近くにある、大手建設会社の社員なんですが、入社したのは、会社の社会人バスケットボール・チームの選手として。
卒業した大学がスポーツ推薦入学だったこともあり、
「バスケットボールと、大学時代に覚えた麻雀以外は何もできない」
とのこと。
不運なことに、入社直後に交通事故に遭ってしまい、後遺症で競技ができなくなってしまったんだそうです。
その大木さんが、ある時からまったく雀荘に顔を出さなくなってしまい、私たちは少し心配していました。
「退職させられることはない、って言ってたけど、自分から辞めたんじゃないか?」
「後遺症が悪化したとかな」
常連さんたちが心配そうに噂をします。
「窓から飛び降りて窓下族とか。うひゃひゃひゃ」
「縁起でもない!」
大木さんが再度現れたのは数か月後。
「え、みんなで心配してくれてたの? あまりにも麻雀がツカなかったんで、違う雀荘に行ってただけだよ。
会社を辞めたって、麻雀はやめられないもん」
幸いにも、以前から夜はリハビリに通っていて、後遺症もすっかり無くなってチームに復帰したそうです。
その後は夜だけ短時間打つようになっておりました。
サラリーマンなのに、まるで遊び人のような人たちはけっこういます。
大銀行や大手広告代理店などには「人質入社」というのがあるそうです。
以下、大手広告代理店勤務で麻雀仲間のMさんの話です。
「ウチも人質はいるよ。一流大学卒だけど成績は最悪。本来なら採用は無理。だいたいまともに入学したかどうかも怪しい。
普段の仕事は特にないので、麻雀をやろうがパチンコをやろうが自由。その代わり時どきパパに頼んで、番組のスポンサーになってもらう」
一見遊び人風の雀士の中には、こんな羨ましい?人たちも交じってようです。
遊びが第一
仕事はその次の次
さらに古い話になりますが、かつてはたくさんのタクシー・ドライバーが、勤務中に麻雀を打っていました。
今では信じられないような話ですが、雀荘の前にタクシーが4台とか8台、長時間駐車していました。
当時のタクシー・ドライバーはギャンブル好きが多くて、雀荘だけでなく、競馬場や競輪場の近くには、たくさんのタクシーが止まっていました。
今だとGPSで居場所をチェックされるのでたちまクビです。
「お前、こんなに負けて払えるのかよ」
成績表に記入しながら、勝ち頭が詰問します。
「だいじょうぶ。大きい声じゃ言えないがど、この前長距離の美味しいのがあったんだ」
「この野郎、エントツだな」
エントツというのは、タクシーのメーターをONしないで走行し、料金を着服すること。
お客さんには安目に料金を請求して文句を言わせないようにし、売り上げ日報にも記入しません。
もちろん今はダメ。実車状況は自動的に記録されて、リアルタイムで本社がら把握できます。
「エントツだけじゃないね。その帰りはゲンコツだった」
「お~っ」
どうやら、都内に戻る際にもエントツをやったらしい。
タクシーは自社のエリア外での営業は基本的に禁止。
この時は、東京から埼玉県北部までエントツで行き、帰りは埼玉県南部までやはりエントツしたそうです。
すなわちエリア外で違法に客を乗せてエントツで帰って来ることを、仲間内でゲンコツと呼んでいるようでした。