【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第25話:プロ論【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第25話

 

順調に、と言ったら偉そうだが、プロとしての麻雀も好調であった。龍王位を取った翌年には別のオープンタイトルを獲得、衛星放送の対局でも優勝こそなかったが、決勝に残るなどそこそこの結果を出すことができていた。

本場所ともいえるリーグ戦でも、C2リーグを脱しC1リーグでも好調を維持していた。ただ、プロになりたて時分のような、リーグ戦を楽しみに思う気持ちは徐々に薄れてきていたのも事実である。忙しいときなど、ああまた対局か、面倒だなと思うときすらあった。

その頃である。

対局前の午前中、少し早めに着いてしまったので、喫茶店でコーヒーを飲もうと思った。意味はない、本でも読んで時間を潰そうと思っただけだ。どこにでもあるチェーンの喫茶店、レジ横でコーヒーを受け取って席を探したが、一番奥の席しか空いていないようだった。

「小山田くん、おはようさん」

座ろうとしたところで、隣の席の男に声をかけられた。

カジであった。龍王戦の決勝を戦った相手であり、麻雀ライター、原作者として古くから活躍している第一人者である。彼もまた、おれと同じC1リーグで戦っていた。

「おはようございます、カジさん」

先に来ていたカジが向かいに座るよう、目でうながした。

「珍しく早いですね」

カジの対面にトレーを置いて、笑って言う。当時、カジは時間にルーズなことで有名だったのだ。対局にも毎度ギリギリに現れていた。

「たまには早く来ることだってあるよ」

カジも笑って返した。

しばらくは今日のリーグ戦や麻雀界の噂話など他愛のない会話であったが、ひと段落したところでカジが真顔になった。

そうだろう、カジもおれもあまり人と慣れ合うタイプではない、ベタベタした付き合いは苦手なタイプだ。そして彼のそういうところに、おれは好感を抱いていた。その彼がわざわざ声をかけたということは、なにがしかの話があるに違いない。

「ところで小山田くん、今の麻雀界はどう思ってる?」

「……どう、とは?」

「例えば、今日もこれからリーグ戦だったりするわけじゃない」

「リーグ戦は……そうですね、まあ楽しいと言えば楽しいですけど、あまり意味はないですよね」

「意味がない?」

「なんというか、おれはテレビやゲストで呼んでもらったり雑誌で麻雀のことを書かせてもらったりしてますけど、それって別にリーグ戦のおかげではないじゃないですか。たまたま龍王位を取って、キャラ付けができたからです。もちろん、そもそも団体所属のプロだから、という意味での価値はあると思いますけど」

「それはそうだよね、おれも長いことライターやってるけど、団体は看板としての意味合いでしかないからね」

カジがさらに続けた。

「でも、実際強いと思うプロもいるでしょ? そういう人と打ちたい、みたいな気持ちはない?」

「それはもちろんあります。おれもまあ、もともと麻雀オタクみたいなものなので、トップの人と真剣に打ちたいというのはあります。でも、結局それやってなんになるの? といいますか」

「つまり?」

「団体のリーグ戦はなんというか、『やるだけ』じゃないですか。別に誰も見ていない、興味ある人も少ない。メディアに大きく扱われるわけでもない。誰が勝っただので盛り上がってるのは結局業界内部の人たちだけで。それはもちろんウチの団体だけじゃないですけど」

「なるほど。すると、みんなよく言うように、囲碁や将棋の世界みたいにしたいってヤツ?」

「うーん、どうですかね? スポンサーがついて囲碁将棋みたいになれればいいとも思いますけど、麻雀はゲーム性的に難しいのかな、と思います」

「運の要素が強すぎる、と」

「より強い人が勝ちやすいルールとかシステムがあれば、とも思いますけど、だからこそ大衆に支持されているわけでもありますしね。なので、おれは囲碁や将棋よりもプロレス的な方向に持っていったほうがいいと思ってます」

冷めつつあるコーヒーを一口すすって、続けた。

「強さ、あるいは強いというのは前提としてあって、もっとキャラクターで売ったほうがいいと思うんですよね。マスクマンみたいのでもいいし、これは作ればいいと思うんですが、ライバル関係とかベビーフェイスとヒールの抗争みたいなストーリーとかがあったり」

それまで誰にも話したことがなかったが、おれの本音であった。麻雀、そして麻雀プロをメジャーな存在に近づけるためには、「強さ」や「結果」に依っていては無理だろう。

「なるほどね、プロレス的っていうのはおもしろいかもね。お、そろそろ時間だな、おれは先に行くよ。また今度ゆっくり」

対局会場は目と鼻の先だが、カジは一人で出て行ってしまった。わざわざ一緒に行こうと言ったりしない、こういうところがいいのだ。

結局、この朝はカジの真意はわからなかった。だが、おれは思っていたことを話せたからか、妙にいい気分であった。その日の対局も勝った。

 

数日後、カジから電話があった。「ちょっと話がしたい」とのことであったが、内容はよくわからないまま、歌舞伎町の居酒屋で待ち合わせをした。

 

 

第26話(7月3日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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