中央線アンダードッグ
長村大
第26話
セントラル通りから歌舞伎町に入り、そのまま直進する。風俗やテレクラのサンドウィッチマン、キャッチ、酔客そして人人人。右手にコマ劇場、左手に噴水広場と映画館たちを見ながら花道通りに当たると、歌舞伎町交番である。それを右折したら100メートルほどであろうか、通りに面した左側に「綱元」という大きな居酒屋があった。和風の、少し時代がかかった店構えの暖簾をくぐると、中は客でいっぱいだ。派手な服装の女性と中年男性の組み合わせが多い、おそらく同伴出勤前のキャバクラ嬢であろう。
「連れが先に来てると思うんですが」
店の人間に告げて店内を見回す、奥の席から男が手を上げたのが見えた。
「すいません、遅れちゃいました」
「たった10分だろ、別にいいよ。だいたいおれが人の遅刻を責めるわけないだろ」
カジが笑って言った。目の前にはすでに半分ほどになった生ビールが置かれている。
「で、小山田くん、さっそくなんだけど」
おれのビールがくるなり、カジが話し始めた。明確な要件があるときほど、彼は前置きをしない。
「実は、会社を始めようと思っているんだ」
「会社、ですか。えーと、おれは会社勤めをしたことがないのであまりよくわからないのですが、出版関係ですよね?」
「そうだね、編集プロダクションということになるのかな。それ以外にも、麻雀のことならなんでもやっていこうと思ってる」
「面白そうですけど、麻雀のことならなんでも、というのはどういうことですか?」
二杯目のビールを注文して、カジが続ける。
「おれも小山田くんも、競技麻雀プロをやってるよね。でもそれで食ってるわけじゃないし、食ってる人間もいない」
「はい」
「最終的には麻雀プロがプレイヤーとして食っていける世界を作る、そのために動いていきたいと思ってる」
「将棋や囲碁みたいに……?」
「もちろんそうなれれば一番いいのかもしれないけれど、それは無理だと個人的には思ってる。それよりは、とりあえず麻雀そのものが目立っていくこと、メジャーになること。後のことはそれがうまくいったら考えていこう、くらいで、まだ具体的になにか進んでるわけじゃないんだけどね」
新しいビールを喉に流し込み、カジはさらに続けた。
「今の麻雀界も、ほとんどのやつはマジメにやってる。でも、結局内向きなんだよね。このあいだ小山田くんが言ってたように」
喫茶店で話した時のことだ。
「そうですね、それでおれに話というのは……?」
カジの真意はわかっていたし、おれの結論もすでに出ていたが、あえて聞いてみた。
「もうわかってると思うけど、ウチで一緒にやってみないか?」
「ぜひ、お願いします」
即答した。カジの話が興味深かったのはもちろんだが、それまで仕事は個人でやってきて、なにかの組織や集団──学校そのものやそのクラス、あるいはサークルなどだが──に属して、うまく関係性を築くことがほとんどできなかった。だが、カジが音頭を取ってくれるならば、なにかうまくいく気がしたのだ。
「おお、よかった! でも、給料はメチャメチャ安いけど大丈夫?」
「まあ、なんとかなるんじゃないですかね?」
笑って言ったが、これは本心だった。金があったことはないが、金に関してはなぜか楽天的なのだ。良いのか悪いのかわからないが、これは今に至るまでずっと変わらない。
その後はひとしきり飲んで、解散した。
「とりあえず明日、飯田橋の事務所に来てよ。じゃあお疲れさん!」
店の前でカジはそう言って、一人で何処へか去っていった。
今とは比べ物にならない人がひしめき合っている歌舞伎町の雑踏を、JR方面に歩きながら考えた。
(麻雀をメジャーに、か)
思えば「メジャー」なことにあまり縁がない選択をしてきた。
チャートの音楽を嫌い、時には憎むことすらあった。より深く穴を掘っていくことが正しいと信じていたし、性にも合っていた。結局は途中で放り投げてしまうのが常ではあったが、そう思っていたのは事実だ。
そもそも麻雀そのものもある意味でのサブカルチャーであり、陰のある存在である。そういう部分に惹かれていたところも当然あった。
メジャーというのは、その逆をやろうということだ。穴を掘るのではなく、土地を広げていくということだ。
「麻雀をメジャーに、か」
今度はなんとなく声に出して呟いてみたが、あまりにも芝居がかっていてバカバカしくなり、誰も聞いていないにも関わらず早足になった。
新しい会社。なんとなく魅力的ではあるが、もちろんなにかが保証されているわけではない。しかし同時に、なくなって困るなにかなどなにもない。
翌日、事務所に顔を出すのが楽しみだった。次の日を楽しみに待つ、なんて久しぶりだな、と思いつつ中央線に乗り込んだ。
第27話(7月6日)に続く。
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