【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第21話:場面【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第21話

 

博打麻雀に誘われた。

 

もちろん金品を賭している以上テンゴのフリー雀荘だろうが博打ではあるのだが、そういうのではない、もっとお高いやつだ。

T書房の企画で、マシロという作家と知り合った。ギャンブル小説、ピカレスク小説をフィールドとしており、麻雀を題材にした作品も数多く発表しているエンターテイメント作家である。おれの家の本棚にも、何冊か並んでいた。

その当時50がらみであろうか、オールバックに白いスーツ、稼業者と見紛うような出で立ちで言動も豪快そのものであったが、なにげない言葉の選択に作家独特の繊細さが垣間見える、不思議な雰囲気の男性であった。とはいえ、言われなければとても作家とは思えないのもまた事実であったが。

 

作品を読んでもわかる通り、マシロの麻雀は本格派であった。芸能人や文化人で麻雀を打つ人は多い、だが誌面でいくら「本格派」などと謳われていても、実際はまあそうだよね、という場合がほとんどである。それは仕方ない、彼らは麻雀ばっかりやっているほど暇ではない。

だがマシロは、本当の意味で「本格派」であった。誌上対局で打っただけではあったが、いかにも麻雀に馴染んでいる感じの牌捌きであったし、なにより押してくるときの迫力があった。

そしてかなり頻繁に行われているらしい彼の場面には、プロの世界で強いとされ実績も残している人間も参加していたが、ほとんどは負け組だという話も聞こえてきていた。

そのマシロに誘われたのだ。

 

 

赤坂のセット雀荘は、今まで行ったことのある雀荘とは少し雰囲気を異にしていた。麻雀卓が並んでいる様子は普通の雀荘なのだが、それとは別にパーテーションで仕切られて個室風になっているスペースがいくつか並んでいる。マシロの麻雀は、いつもその一室で行われているようだった。

メンツはおれとマシロ、大手の広告代理店に勤めているというクロサワ、もう一人は超有名ミステリ作家のナカモリであった。ナカモリの本は読んだことがなかったが、名前を聞けば誰でも知っているくらいの人物である。

おれは初顔なので、マシロが軽く紹介してくれた。

「こちら、小山田くんね。まだ若いけど、プロの……なんだっけ? まあとにかくタイトルホルダーだからさ、よろしく」

「へえ、なるほど、よろしく。なんでもいいよ、始めましょう」

別に誰だっていいよ、おれにまったく興味がないのを隠そうともせずに広告代理店のクロサワが言い、場決めのためにをかき混ぜた。

 

 

千点300円の東風戦、せいぜいそんなものだった。おれがそれまでに打ったもっとも高いレートの話だ。

今回は一ケタ違う、千点3000円のウマが5万15万、つまりハコテンで24万だ。一発裏ドラ赤牌のご祝儀が1枚5000円だが、これはレートに比すれば安いと言えるだろう。

あまり関係ないが、積み棒1本につき9百点の決めになっており、これは面白いな、と思った。巷では3百点か、最近は千5百点の店も増えているようだが、前者は安すぎて計算が面倒になるだけで意味がなく、後者だとやや高すぎる。その間を取っていて、やった感じでもちょうどいいように思えた。

 

高レート、といっても劇画に出てくるようなピリピリした場面ではない。どちらかというとサロン麻雀に近い。ある程度の先ヅモも黙認されているようだったし、麻雀中もマシロとナカモリは次の文学賞を誰が取るかみたいな話に花を咲かせ、クロサワが下らない冗談で混ぜっ返す。おれも場の雰囲気を乱さぬよう相槌など打ちながら、けれどもできるかぎり集中しようとしていた。

 

マシロはともかく、クロサワとナカモリの力量が大したものでないことはすぐにわかった。

始まってすぐの東1局、クロサワがリーチをかけた。いかにも手が入っていますよ、という感じの力の入った打牌、所作である。そこにマシロが割って入る。一つ仕掛けて、無筋を押す。さらにもう1枚無筋。そこでクロサワがマシロの当たり牌をつかんで放銃した。

「かー、いい手だったのに!」

クロサワが大きな声で悔しがり、点棒を払う前に裏ドラを見だした。

「しかも裏ドラ2枚だよ、チクショウ!」

「どんな手だったの?」

ナカモリがクロサワの手をのぞき込んだ。

マシロが無言でボタンを押し、牌を流す。

 

どんなにざっくばらんな場面でも、強いやつはアガってないときにわざわざ裏ドラを見たりしないし、人の手をのぞき見たりしない。単純な理由だ、無意味だからだ。無意味だから、興味がないのだ。

遊びだからそれくらいいいじゃないか、という人もいるだろう。もちろんかまわない、好きにしてくれ。だがおれにとっては、遊びこそが全力でやるべきことだ。

仕事ならいい、適当にやった責任は後で自分が取らねばならない。

だが、遊びを適当にやってなんの意味がある? ただ時間を潰すだけならば、家で寝ていたほうが百倍マシだ。遊びだからこそ真剣にやるんだ。

 

とにかく二人は弱いやつがいる、それがわかっただけでもだいぶ気が楽になった。

 

 

第22話(6月19日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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