【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第28話:増員【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第28話

 

麻雀プロが食える世界を作る、という大義名分はあれど、とりあえずは会社である。当たり前だが仕事をせねばならない。書き物仕事に関してはそれまでと大差ないが、それ以外にも大会の運営や仕切り、映像関係の仕事などが増えた。忙しくはなったが、社員がみな競技プロの選手でもあるので、仕事と個人の対局などの日程調整で困ることがなかったのはありがたかった。

おれ個人の立場で言えば、新進気鋭の若手プロ、という立場で表に出ながらも、仕事として関わる大会や放送では裏方をしていた。タレント面してカメラを背負って麻雀打つ一方で、大会参加者の名札をシコシコと作ったりするのも悪くなかったし、むしろそちらの方が性にはあっていた。いつまでたっても人前に出るのは慣れない。

 

昨今になって「ブラック企業」などという単語を聞くようになったが、バベルの労働環境は、傍からみればブラックそのものであった。給料が安いのは当然として、休みもないし保険も福祉もなにもない。時給換算したら相当悲惨な数字が出てきただろうが、会社としての目的が、そもそも個々人の目的と合致していたのでなんとかなっていたようなところはあった。

というと今度はやりがい搾取、みたいな単語も浮かんできてしまうのだが、なにしろ搾取している側の人間もおらず、一回り年上の社長のカジですら我々とほとんど変わらない給料であった。

理想の前にまず自分らが食っていかなければならないのだが、それすらも怪しいもので、それぞれどこぞに借金など抱えていたのではないだろうか。おれももちろんあった。

言うまでもないが、「どこぞ」というのはもちろんサラ金などだ。人に金を借りると、どうしても義理であったり返済が滞納したときの気まずさが発生する。たとえ利子が高かろうと、顔のない会社に借りていたほうが気が楽であった。借金というのはおかしなもので、新たに50万円の枠ができると「50万円借りられる」とは思わない。「50万円貯金が増えた」みたいな感覚になってくるのだ。もちろん月末には最低でも利子分は入れなければならないし、その利子も今よりずいぶん高かった。まったくもって悪循環なのだが、金がないからといってみな暗くなることはなかった。とりあえずは好きなことをして生活できていたからであろう。それは単純に若さでもある。

 

人手は常に足りなかった。なにかイベントなどを仕切るには、やはりある程度の人数が必要になる。当然社内の人間だけでは足りないので、その度に若手の麻雀プロなどでヒマなやつに声をかけて手伝ってもらうのだが、当然彼らには日当を払わなければならない。そうなると当然、我が社の家計も苦しくなってくる。難しいところであった。

 

その日は、珍しくみな朝からPCの前に座り、黙々と原稿仕事をしていた。それぞれに抱えている原稿やら企画書やらがあったからなのだが、前日も大会の準備などで全員徹夜であり、疲れ切って軽口を叩く気力もあまりなかった。

そこに会社の固定電話が鳴った。近くにいたユズキが出てなにごとか応対し、電話を切った。

「……えーとT書房なんですが、今からなんか新しい企画の打ち合わせしたいので、ウチから一人来てくれ、とのことです。ちなみに私は原稿がほんとにヤバいので、ちょっと無理です」

カジも、普段は比較的おしゃべりな関西人のソダも、なにも言わない。もちろんおれも黙っている。反応したら担当させられるのが目に見えているからだ。数秒の沈黙のあと、ユズキが突然大きな声を出した。

 

「はい、いきますよー! 最初はグー、ジャンケンポン!」

 

誰も聞いていないようで実はみな聞いているし、突然でも勝負事には反応してしまうようにできているのが我々のような人間である。全員瞬時にジャンケンに参加したが、結果はむなしくも言い出したユズキの負けであった。

「……行ってきます」

ユズキがよろよろと出ていく姿を背中に見ながら、カジが言った。

「人、増やそうな……」

おれもソダも、無言でうなずくだけだった。

 

 

求人は、K麻雀誌上でバベルが担当している誌面を借りて行った。欄外にちょっと応募要項を載せさせてもらったのである。

麻雀プロの知り合いから仕事のできそうなやつをスカウトする、という手もあったのだが、仕事のできそうなやつは当たり前だがすでに仕事をしており、なんの保証もない我が社にこちらから誘うのは気が引けた。応募者に正直に、こんな悪条件ですけどいいですか、と聞いて、それでも大丈夫という人間のほうがこちらとしても都合がよかった。そんな人間がいれば、ではあるが。

応募自体は何通かあったのだが、ほとんどは期待できなかった。一応文章を扱う仕事でもあるので、履歴書に加えてなんでもいいから好きなことを文章にして送ってもらったのだが、これが壊滅的だったのだ。

 

だが一人、文章が上手な応募者がいた。ただしそれが、愛新覚羅溥儀と麻雀について、みたいな凄まじい内容で、本当なのかデタラメなのかよくわからないがとにかくおもしろそうだからひとまず会ってみよう、ということになった。カワシマ、という名前であった。

飯田橋の喫茶店で待ち合わせたカワシマは、年齢はおれと同い年、坊ちゃん学校で有名なS大学出身、放送研究会に所属していたという。見た目も、いかにも育ちの良さそうな好青年風であった。家も都内であり、飯田橋に通うのも特に問題はない。

給料も安くても全然構わない、実家暮らしで特に金が必要というわけではないので、ということで一番の懸念もクリアされ、じゃあとりあえず来週から事務所に来てくれ、という話になった。

来週ね、と言って別れようとしたところ、彼が駅とは逆の方向に歩き出した。

「あれ、駅こっちだよ?」

「あ、今日車で来たんですよ。こっちの駐車場に停めてるんです」

駐車場にあったのは、ボロボロのパジェロミニであった。ボンボン風の彼にしてはちょっと意外であった。

「インド人から5万円で買った車だからボロボロなんですよねー」

彼はそう言うと車に乗り込んだ。

……インド人から車を? 困惑する我々を尻目に、駐車代を払っていないのでまだ上がったままのロック板を、おかまいなしにそのまま乗り越えていった。

「パジェロミニはボロくてもこれができるんですよね、お疲れさまです」

さわやかに笑いながら走り去っていったが、ただの犯罪行為である。我々は先行きに不安を憶えながら、顔を見合わせるのみであった。

 

 

第29話(7月13日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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