中央線アンダードッグ
長村大
第33話
カジが聞いてきたオオトモの話は、概ね我々の方向性と合致していた。すなわち食える競技プロの世界、そのためには麻雀の技術はもちろん大切だが、それ以上にメディアへの露出が重要であること。麻雀界の中で名前を上げても仕方がない、外の人間に知ってもらわなければ、という考え方だ。それを自分たちの力でなんとかしたい、今のままではただの麻雀サークルだ。
当時は春と秋の年に2回、選手総会というものがあり、全選手の出席が義務づけられていた。日本麻雀プロ協会がまだ今ほど大きな組織ではない、せいぜい100人程度の規模だった時代である。
ちょうど年が明けたころであっただろうか、春から始まるリーグ戦の前に行われる総会で、現代表のタカシロの任期が切れる。本来ならば、従来通り無投票でタカシロの続投になるだろう。そこでオオトモが手を上げようというわけである。
「まあ、黙ってたら勝てないよな」
カジが言う。
「でしょうね。その場で急に選択を迫られたら、元々やってきてるタカシロさんのほうが有利ですよね」
「やっぱり根回しは必要だな。よし、ベテラン組はおれとオオトモさんでやるから、若手の方はオヤマダ、頼む」
議決権を持つのは、新人を除く2年目以上の選手である。名簿を見て数えてみたところ全部で85人、このうち過半数、つまり43票が必要になる。
元々繋がりがあったり、我々に近い人間は説得しやすい。だがそれだけでは数が足りない。ニュートラルな人間、あまり業界に染まっていないタイプをこちらに引き入れなくてはならないだろう。
名簿を見ながら考える。
ふと、ある選手の名前で目が止まった。
コニシである。
「コニシか……」
わざとらしく呟いてみる。
最近はあまり話をしていないな、と思う。特になにかがあって疎遠になったわけでもない、会えば屈託なく笑うだろう。
だが、とおれは思う。彼はこちら側には来ないだろう。
コニシは麻雀そのものを突き詰めたい、と思っているように見えた。我々がやろうとしていることは、ある意味ではその反対だ。麻雀の技術は、世界そのものを大きくしていけば、その過程で進歩していくはずだと考えていた。
あるいは、声をかければ賛同してくれるかもしれない。可能性はゼロではない。しかし、おれは名簿にペンで横線を引いた。コニシには声をかけない。
「オヤマダ、目星はついたか?」
知らぬ間に名簿に目を落としながら考えに沈んでいたおれは、カジの言葉で現実に引き戻された。
「……はい、なんとかなると思います。明日から回っていきます」
たぶんこれで良いのだ、そう自分に言い聞かせながら、おれは答えた。
選挙の根回しもあるが、当然日々の業務もある。今日はここ、明日はどこ、という風にくるくると動き回っているうちに、瞬く間に総会の日はやってきた。
SNSなど微塵もない時代であれど、我々がなにやら動いているということは、声をかけていない人間にもすぐに伝わっていた。この日のメインイベントが最後に行われる代表選であるということは明白である。だが、それを口に出す者は誰もいない。白々しいような、なにかいつもと違うことが起きることへの期待のような、ふわふわとした妙な空気が会場に流れていた。
事前の票読みでは、過半数を取れる見込みはついていた。だが、直前で心変わりをする者もいるだろうし、全員が全員本心を語っているとは限らない。正直いってどう転ぶかまったくわからない、というのが我々の予想でもあった。
貸し会議室の前方に代表のタカシロを中心にして、副代表や理事がずらりと横に並ぶ。それに対面する形でその他大勢の会員が座っており、おれもその中のひとりである。
オオトモは理事の一員なので、前方からこちら側を眺めている。いつも飄々としているオオトモにしては心なしか表情が硬いようにも見えるが、こちらの気のせいかもしれない。あるいは緊張しているのはおれなのか。
昨年度の会計の報告、ルールや規定に関する報告が淡々と進む。いつも通りの光景。
「では最後に、今春でタカシロ代表の任期が切れます。つきましては、立候補者がいなければ、次期もタカシロさんの……」
司会の発言を遮って、オオトモが手を上げた。
「立候補したいと思います」
誰もがオオトモが立候補することを知っている、なんとも予定調和じみたやりとりである。
「オオトモさんですね。ではそれ以外に立候補する方は……」
司会が会場を見渡す。
「いらっしゃらないようですね。それでは規定に則り代表選挙になりますが、その前にオオトモさんと現代表のタカシロさんに、抱負などをいただきたいと思います」
オオトモが椅子から立ち上がった。
いよいよ選挙である。
第34話(7月31日)に続く。
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