「家賃が一万円だったから」
という理由で突如280km離れた黒松内町というところにある蹴飛ばせば一撃で倒れてしまいそうな家を借りてきたり、最近では美容師の資格を持っていて自宅に美容室を構えているのにも関わらず測量の仕事をはじめたらしい。百恵ちゃんは昔からお母さんの奇行を理解することができず小さい頃はお母さんのことをインド人だと思っていた。
そんな理解不能なお母さんとロックなお姉ちゃんの折り合いは悪かった。
普通の家庭の子供の反抗期がどんなもんなのかは知らないがお姉ちゃんの反抗期は物凄かった。
キレると人の顔面に唾を吐くという最低な性質を持ち合わせていてその光景を見るたびに
「最高にきったねぇな」
と思っていた百恵ちゃんは絶対にお姉ちゃんを怒らせないように細心の注意を払っていた。
そうしているうちにお姉ちゃんがキレる直前に察知することができるようになり、巻き込まれない様遠くに移動してから心の中でカウントダウンをするという遊びを作り出し楽しんでいた。
百恵ちゃんはその頃から日々ユニークを求めて生きていたのだ。
お母さんとお互いがお互いの当時二つ折りだった携帯電話を
「逆パカ」
するというどちらも損しかしない喧嘩をはじめたり、本気の殴り合いをはじめるので顔面に青タンをつけた親子との生活を百恵ちゃんは強いられていたのだ。今百恵ちゃんがとても穏やかな性格なのはそんな二人を見て育ったからだろう。
しかしそんなお姉ちゃんも大人になるにつれ、毒が抜けた様に大人しくなった。
『取り憑いていた悪魔を祓った』
と言われれば納得してしまいそうなほど今は落ち着いている。
今でも奇行癖は時々現れ、急に大量の石鹸を作り出したりすることもあるが基本的には平和である。
そんな奇行一族の血は母から姉へ、姉から姪へしっかりと受け継がれた。
最近、近所のサッカークラブに体験入学した三歳の姪っ子が最初こそ楽しそうにしていたものの試合形式のサッカーがはじまると訳が分からなくなり動揺した挙句、コートのど真ん中で寝たフリをはじめて運ばれたらしい。
そんな姪っ子の困ったときの口癖は
「チホ、ちっちゃいからわかんない」
だ。
百恵ちゃんの小さい頃の口癖と全く同じで将来有望だ、と思う。
災害対策本部
百恵ちゃんは自衛官のお父さんを心から尊敬している。
百恵ちゃんは自衛隊の話になると早口で話しはじめるという怖い一面を持ち合わせている。が、たいした知識はないので話はすぐ終わる。
百恵ちゃんは小さなころから
「何かあった時、お父さんは一緒にいられないからちゃんと備えておくんだよ」
と言われていた。
人一倍災害に対して恐怖心を植え付けられていた百恵ちゃんは東日本大震災後、一時期引きこもりになった。
自分の部屋を災害対策本部と呼び、起きている時間のほとんどは2ちゃんねるの地震板と気象庁の地震情報サイトに貼りついていた。枕元には懐中電灯と笛を常備し、いつ寝込みを襲われても対応出来る様に準備していた。
更に有事の際にはみんなに配ることになるだろうと思い、自宅にミネラルウォーターを60リットル以上常備していた。しかし引きこもっているせいで筋肉が衰えていた百恵ちゃんはミネラルウォーターを運ぶことが出来ず、当時肋骨が折れていたお父さんに無理矢理運んでもらっていた。いつの日もお父さんの心労は尽きない。
しかしそんな生活も3ヶ月で飽きてしまい百恵ちゃんは社会復帰した。
ミネラルウォーターは全部腐った。
次回は1月16日(木)午前0時更新予定‼︎
【田渕家登場人物紹介】
・父 コージ:元陸上自衛隊幹部高卒ながら佐官まで登り詰めるも「髪型が奇抜すぎる」という理由で100年に1度あるかどうかの異動の内示取り消しをされた経験がある。現在は三度目の暖かな家庭を築いている。
・母 イクコ:美容師。美容室を自宅で開業するもパチンコにハマり開店休業状態を約20年続けた猛者。おそろしいほど料理が下手。ツーブロックにしたことがある。近況を知らせる連絡では年下のペンキ屋さんとお見合いをしたらしい。
・姉 タエ:無職。1度も定職に就いたことがなく家賃を滞納してはクビが回らなくなりお父さんに払ってもらいに帰ってく るお調子者。過去に大きな交通事故に遭いウン百万円もの保険金を手にするが全てホストクラブに費やした経験がある。
・エリー:田渕家の飼い犬。詐病のプロ。足をひきずったり弱ったふりをしては人間に甘やかしてもらう。動物病院で『至って健康』という診断をされるとそれまでの弱りっぷりを忘れ、凛々しい顔で帰ってくる。趣味は父の顔に噛みつくこと。オスだが思いつきでエリーと名付けられた。
・マイちゃん:母親同士が同じ美容師で仲が良く、物心がつく前から一緒にいた幼なじみ。かなりの美人だが偏差値は2くらいしかない。現在は3人の子供を産み働きながら育てているが一度も結婚したことはなく、更に子供たちは全員父親が違うという斬新なファミリーを築いている。そして最近ロシア人の子供を産んだばかり。
北海道出身。最高位戦日本プロ麻雀協会40期。座右の銘は「ビールは一日3リットルまで」。『近代麻雀』でも同コラムを連載中!