本田朋広が体現する
「おもしろいを貫いて、
どこよりも楽しい麻雀で
魅せてくよ♪」の歌詞に迫る
文・カイエ【火曜担当ライター】2026年4月14日
麻雀が強いとは何か。
麻雀プロの、定義とは。
そして、面白い麻雀とは何か。
どれも難しい問題だ。
だが長年Mリーグを観戦してきて、ひとつ確信していることがある。
神の視点で観戦する視聴者が「こう打ってほしい」と願い、祈る。
その「希望」や「想い」の通りに打ってくれる選手こそが、麻雀で魅せるプロであり、面白い麻雀の体現者なのだ。
要するにそれは「ファンの期待に応える」ということなのだが、そんな有り体に言えるほど、単純なものではない。
われわれ視聴者は、神の視点から四者の手牌を知っていて、ほとんど「答え」を知っているも同然だ。
だから、当たり牌なら止めて欲しいし、通る牌なら切って欲しい。
勝負すべきは勝負して、引き退がる時は引いて欲しい。
そんな究極のわがままに答えてくれる選手は、いつしかファンの魂をも宿すだろう。推し活がエスカレートすれば、精神分析的に言う「転移」を引き起こす。
われわれはある意味、無責任に、時に無自覚に、願いや祈りを仮託し、選手に背負わせてしまう。それは大きなプレッシャーになることだろう。
そういう大きな重圧を跳ね除けるくらいの、知力や精神力の持ち主こそ、真のプロフェッショナルなのではないか。
そして、祈る側は、祈られる側の気持ちを本当には分からない。
運という要素が大きく介在する麻雀というゲームにおいて、時に結果は、神の領域に委ねられる。
だからこそこのゲームには「祈り」が付いて回るし、それがよく似合う。
他者の祈りを引き受けることは、容易いことではない。
それは、神に近づこうとする行為にも似ているからだ。
だが思えば、麻雀という巨大な何かに対峙する人間は、予めそうした蛮勇を備えているものなのかもしれない。運だけと罵られても、もとより運命的な何かと向き合っているのだ。運があることなど、麻雀プロの必要条件だろう。
期待に応えることは簡単なことではない。
だが、それを成さねばならない。己の存在価値を賭けて。
いつしかMリーガーに植え付けられた「業」とはそうした不可能性に挑み、抗う、ひとの営為になりつつあるのかもしれない。
第2試合
東家:東城りお(BEAST X )
南家:園田賢(赤坂ドリブンズ)
西家:伊達朱里紗(KONAMI麻雀格闘倶楽部 )
北家:本田朋広(TEAM RAIDEN / 雷電)
なんて、いくら文学的な修辞でもってしても、目の前の、熱く、面白い「麻雀」という遊戯を観戦するのに、言葉なんていらないのだ。それは観戦記者の絶望であり、孤独でもある。
第1試合が終わり、正直なところ、虚脱感に襲われていた。
いま以上の試合が、再演されることはないだろうな。
だが、その嫌な予感は、あっさりと裏切られた。
約2時間のロングゲームとなった第1試合に対し、この第2試合は流局無しの68分とコンパクトに収まった。正反対なゲーム展開はしかし、同じかそれ以上に濃密な闘いとなった。
2試合トータルで、最高に面白い1日だった。
もしかすると、後に語り継がれるような伝説の1日になるかもしれない。
備忘録も兼ねて、この激闘を以下に記していこうと思う。
東1局
1983年10月3日富山県生まれ。「ヤンチャな貴公子」こと本田朋広。
当初は「北陸の役満プリンス」としてMリーグにデビューした本田だったが、ついぞ役満の和了を見せないまま、しかし最高の新たな異名を手に入れた。
本田朋広というプロ雀士の魅力を、これほど簡潔に表したフレーズもそうあるまい。
こんなリーチのみのカン
を迷いなくリーチしても「やんちゃやなあ」「これ曲げるのがともくん」でオールOK。
そしてズルすぎる一発ツモで裏が乗る2000-4000と申告しても「しゃあないなあ」「さすが!」となるのである。
満貫界の中でも最もコスパがよく、対戦相手の心にダメージを負わせるでお馴染みの満貫に、本田自身も「気持ち良かったですね。久しぶりに気持ちいいのでました」と会心の笑みで振り返る。














