「またやってしまった…」
風雲急を告げる
“百恵ちゃん、
地獄の期間工時代編”
【百恵ちゃんのクズコラム】
VOL.31
工場では異物混入を防止する為に部品を落としても自分で拾ってはいけない。
そのため作業を止めてわざわざボタンを押して責任者を呼び、拾ってもらわなければならないのだ。
すぐそこにあるのに自分で拾ってしまうとしこたま怒られる。
「止める、呼ぶ、待つ」
という教育は新人の頃から徹底的に教え込まれる。
驚異的に手先が不器用で呆れるほど集中力に欠ける百恵ちゃんは部品を落としてばかりだった。
なぜかいじわるな先輩が責任者をしている時ほど部品を落としてしまう。もちろん百恵ちゃんだってわざとやっているわけではない。
それなのにいじわるな先輩にあからさまにため息をつかれ、嫌味を言われ、ゆとり教育でのうのうと育ってきた百恵ちゃんの心は多大なるダメージを受けていた。
それでも部品を落とし続ける自分に耐えきれなくなり落とした部品を蹴っ飛ばして隠したこともあった。
その人を除けばみんな優しい先輩ばかりだったので大抵の場合は笑って許してくれた。それでも百恵ちゃんは呼び出しボタンを押すのが本当に嫌だった。
自分が呼び出す頻度が高いことを自覚していて、そのことをかなり気にしていたのだ。
ラインでは2時間の作業を10分の休憩を挟みながら作業する。しかし途中にトイレに行きたくなってしまう。休憩時間にはきちんとトイレに行っているはずなのにどうしてか我慢できなくなってしまうのだ。
そう、百恵ちゃんは頻尿なのだ。
トイレに行くには呼び出しボタンを押し、責任者の人に作業を代わってもらう。百恵ちゃんはそれが本当に心苦しかった。スミマセン、スミマセンと言いながらトイレに行く。
先輩に「今日はトイレ、3回も行ったね」なんて言われたこともあった。
恥ずかしさと情けなさから
「すみませんでした。でもその発言結構キモいです」
と返してしまい、気まずくなったこともあるくらい百恵ちゃんの中でトイレ問題は深刻化していた。
“仕事向いてないのかな”
“ハルンケアを買ってみようかな”
と考えたりもしていたが休憩の時の500mlのポカリ一気飲みだけはやめられなかった。今思えばおそらくそれが一番の原因だったと思う。
そんな悩みを抱えながらもいつもの様に百恵ちゃんは、メイン工程で心臓が押し潰されそうな、他人に胃袋を掴まれているような、そんなヒリヒリとしたプレッシャー感じながら作業をこなしていた。
そして百恵ちゃんはオイルでヌルヌルになった手を滑らせ、ボルトを落としてしまった。
「またやってしまった、、、」
と思いながらもきちんと教育された通りに呼び出しボタンを押す。
その日の責任者はとても優しい先輩だった。
「ごめんなさい。ボルト飛んでってどっかいっちゃいました。どこに行ったかわかりません」
と正直に話すと、
「探すから大丈夫だよ。でも万が一コンベアの中に入っちゃうとコンベアがいきなり止まることもあるからね、そうなったら大変だけど(笑)」
と優しくフォローしてくれたのだがその言葉通りコンベアは止まった。
先輩の顔が青くなるのがわかった。その青さで事の重大さを感じ取り、百恵ちゃんは一緒に青くなった。
メインコンベアが動かなくなると次第に他のラインも止まっていく。ライン全体がざわつきはじめ、大画面にうつるラインの停止時間が刻々と進んでいく。
百恵ちゃんは泣きそうになりながらも一生懸命堪えていた。こういう時に涙を流す女にはなりたくないのだ。そもそも頻繁にボルトを落とす女にもなりたくなかったが。
メインコンベアはなかなか直らず重大な故障と連絡が入ったのかゾロゾロと偉い人たちがラインの中に入ってきた。
その人達はよく知っている人たちばかりだった。よく麻雀大会で顔を合わせるおじさん達だった。
百恵ちゃんの顔を見つけ、百恵ちゃんがコンベアをぶっ壊した犯人だともつゆ知らず
「よう!元気か?メイン止まってるらしいな!」
と陽気に話しかけてくれたが、それどころではない百恵ちゃんはまともに返せず
「へへへ、、」
と気持ち悪い半笑いでスルーしてしまった。
百恵ちゃんはあまりのバツの悪さに、さも自分が犯人ではないかの様に隣の隣の作業場から修理しているところを見守ることにした。
そしてメインコンベアが止まって1時間が経過した頃、ストレスからか胃が猛烈に痛くなりはじめ、限界を迎えた百恵ちゃんは、
「よし、仕事辞めよう」
と決意した。
次回は5月28日(木)午前8時更新予定‼︎
【田渕家登場人物紹介】
・父 コージ:元陸上自衛隊幹部高卒ながら佐官まで登り詰めるも「髪型が奇抜すぎる」という理由で100年に1度あるかどうかの異動の内示取り消しをされた経験がある。現在は三度目の暖かな家庭を築いている。
・母 イクコ:美容師。美容室を自宅で開業するもパチンコにハマり開店休業状態を約20年続けた猛者。おそろしいほど料理が下手。ツーブロックにしたことがある。近況を知らせる連絡では年下のペンキ屋さんとお見合いをしたらしい。
・姉 タエ:無職。1度も定職に就いたことがなく家賃を滞納してはクビが回らなくなりお父さんに払ってもらいに帰ってく るお調子者。過去に大きな交通事故に遭いウン百万円もの保険金を手にするが全てホストクラブに費やした経験がある。
・エリー:田渕家の飼い犬。詐病のプロ。足をひきずったり弱ったふりをしては人間に甘やかしてもらう。動物病院で『至って健康』という診断をされるとそれまでの弱りっぷりを忘れ、凛々しい顔で帰ってくる。趣味は父の顔に噛みつくこと。オスだが思いつきでエリーと名付けられた。
・マイちゃん:母親同士が同じ美容師で仲が良く、物心がつく前から一緒にいた幼なじみ。かなりの美人だが偏差値は2くらいしかない。現在は3人の子供を産み働きながら育てているが一度も結婚したことはなく、更に子供たちは全員父親が違うという斬新なファミリーを築いている。そして最近ロシア人の子供を産んだばかり。
北海道出身。最高位戦日本プロ麻雀協会40期。座右の銘は「ビールは一日3リットルまで」。『近代麻雀』でも同コラムを連載中!