瑞原の目線では、超攻撃型の魔王がどちらを選択するのか、わからないのである。
そこで、ここで瑞原が2つ目の仕掛けを入れることで、寿人には
「テンパイに向かっているかもしれない」
というイメージが映る。
もし瑞原がテンパイなら8800差のまま次局持ち越しになるので、今度は伏せるのがごく当然になる。
また、もし寿人が終盤、たとえばションパイの南など、
瑞原に危険に見える牌を持ってきたら、オリてくれる可能性もある。
瑞原は、どうあってもこの局で終了したい。
これは、その確率を少しでも上げるためのチーだったのである。
似たような状況が2月24日(木)の第2試合、赤坂ドリブンズ・園田賢の手牌でもあった。
オーラス、東家・園田はダンラス目の南家のリーチを受けて、終盤にここからをチーした。
テンパイはまず望めない格好だ。
しかし園田は北家2着目と1600差だったので、
ラス目のマンツモでも、2着目とのテンパイノーテンでも着落ちしてしまう。
よって2着目がリーチを無視して真っ直ぐテンパイに向かっていたところだった。
園田は、まずは南家のハイテイツモによるマンガンを消したかった。
そして、自身がテンパイに向かっていることを北家に見せて、
北家がさすがにリーチに打てないような最後の無スジなどを引いたときに、
やめてもらう可能性を上げたかったのだ。
園田がテンパイと見えれば、最終手番で北家がめちゃくちゃな危険牌を打つかどうかは微妙になる。
これは、一般の麻雀ファンの方も引き出しの一つに入れておくといい選択肢である。
たとえ、自分がどうやってもノーテンで、あとは他家の動向を見守るのみ、という状況でも、
何か鳴きを入れて、完全に死んでいるわけではないのをアピールするのは、有効であることが多い。
もちろん前提として、他家の安全牌が確保されていることが必要になる。
ここでの瑞原は、沢崎に対してソーズがあるので、ギリギリ足りるという判断だったのだろう。
そしてこの結末は、沢崎にもテンパイは入らず、瑞原も逃げ切って流局。
寿人は、ゆっくりとテンパイ形を伏せた。
後に寿人にこのときの判断を聞くと、
やはり瑞原の2フーロ目がなくとも、チームポイントの確定で元より伏せるつもりだったそうである。
もちろん序盤戦のような平素の状況なら、続行した可能性が高かったと。
確かに、このような最終戦なら瑞原の心配は杞憂で済むことも多いだろう。
しかし、寿人にオリてもらうことも含め、
ただ祈ってやり過ごす他に、この局での決着のために瑞原ができたことが──、
最後のチーだったのである。
個人総合スコア1位のMVPという称号。
もちろん他家の展開に恵まれる運も必要である。
最後の局も沢崎が押していたため、瑞原は、寿人のアガリもしくは流局して伏せることを、ただ願っていたことだろう。
それでも、瑞原はをチーした。
これがどの程度の得になるかはわからない。
しかし座して祈るだけの終焉を、彼女は望まなかった。
結果として大きくこの局に影響したわけではなかった。
それでもこの行為は、ここまでポイントを築き上げた瑞原の道程を、はっきりと示していた。
瑞原はこうして、小さなできることを積み重ねて、誰も届かない頂にたどり着いたのである。
沢崎が、「おめでとう」と手を伸ばした。
瑞原が、満面の笑顔で応えた。
新たな、スタープレイヤーの誕生である。
日本プロ麻雀協会1期生。雀王戦A1リーグ所属。
麻雀コラムニスト。麻雀漫画原作者。「東大を出たけれど」など著書多数。
東大を出たけれどovertime (1) 電子・書籍ともに好評発売中
Twitter:@Suda_Yoshiki