数万人の観衆。麻雀の牌理に明るい人もいればそうでない人もいる。
アンコの牌でもし放銃すれば批判は必至。
だがで放銃して責める人の方が少ないだろう。
幻想の呪縛と戦い、理を信じて、カテナチオのごとくを放った松本。
結果すぐに近藤がをツモって裏1枚の4000オールとなったが──
松本がを切って12000放銃だとラス落ち。
そうなると次局以降も手らしい手の来なかった松本は、そのまま終了してしまった可能性が高い。
そして話はセミファイナル最終戦に移る──。
怒涛のアガリを見せていた勝又。
最終戦時点でのチームポイントはこのようになっている。
渋谷ABEMASとEX風林火山は205.7p差。トップラス12万点以上もの差があるが、
当然勝又の狙いは135.8p差のセガサミーフェニックスだったはずだ。
ところが勝又と多井の点差は、この瞬間は76100差まで開いている。
誰が打ってもおかしくなかった松本の堅守がなかったら、チームポイントは28p以上下回り、
多井が箱下で60p以上マイナスしている現状なら、
渋谷ABEMASはフェニックスより落ちて、風林火山のターゲットになる未来もあった。
返す返すも、4月1日の二階堂亜樹のダマツモ2着は痛恨の結果だったように思う。
あの40p逃しも、最終日の取り組み方に大きく影響してしまった。
セミファイナルの着順ポイントというものは、
レギュラーシーズンよりずっと、本当に貴重で疎かにできない価値がある、というわけである。
渋谷ABEMASは絶体絶命の危機があったというわけではない。
もちろん15戦目の白鳥翔の2着も大きかったし、
最終戦を任された多井隆晴も、ポイント状況が違えばいかようにでも展開を変えられる一流選手だ。
ここまで書いたものの、実際このチームの勝ち抜けがおびやかされる事態はなかなか起こらなかっただろう。
ただその中で──、松本が苦渋の思いで選んだこのアンコ落としは、ひそかに私の記憶に残っていた。
イーシャンテンだから、安全牌もないから、端牌だから。
切ってもどうにか面目の立ちそうな言い訳は、いくらでも浮かぶんじゃないだろうか。
セミファイナルで目に映った感動は数えきれないくらいあった。
これが特に華々しいプレイだったと、そう思う人は少ないかもしれない。
しかし松本のこの選択は、ファイナル進出と、そしてその先にある大きな目標に向けて、渋谷ABEMASの生命線をつないでいたとも言える、プロの一打だったなと思うのである。
日本プロ麻雀協会1期生。雀王戦A1リーグ所属。
麻雀コラムニスト。麻雀漫画原作者。「東大を出たけれど」など著書多数。
東大を出たけれどovertime (1) 電子・書籍ともに好評発売中
Twitter:@Suda_Yoshiki