堀は、自身が15巡目に切ったに注目していた。
寿人がもし切りリーチのであるならば、と持っていたことになる。
寿人は16巡目のがツモ切りであるため、15巡目がイーシャンテンであることは分かる。
場にはがもう2枚出ており、1100点持ちで親連荘必須の寿人が、
ここでとあった場合の終盤のポンテンは、さすがにスルーできないはずだ
つまり、寿人の入り目は確かにスジではあったものの──、
切りリーチである限り、は通せるという状況であったのだ。
これは寿人が切りであったなら起こり得なかった牌理の妙であり、
それを見逃さなかった堀の慧眼が素晴らしい。
とは言え、その自身の読みに殉じて、テンパイ料のために現物でもない牌を一発で切れるものなのか。
堀が考えていたのは、実際その切るかどうかという程度のことではなかった。
「黒沢さんのリーチだけなら、追いかけようと思ってたんですよ」
なんだって──?
もう一度卓上を確認する。
堀から見てが3枚、が3枚、が4枚見えていて、がメンツで使えるのはまず一人。
確かに、は2枚程度は山に残っていると見積もってもいい。
「まずを切るのは確定。アガリ牌は山にありそうですし。
あとはリーチをかけるかどうかだけだったんですね。
待ちの良さはともかく、この場合は点棒状況が大きいです。
ここでリーチ一発ツモハイテイなら、マンツモで黒沢さんを突き放せます。
どちらかの当たり牌をハイテイで掴む可能性もありますが──、まず二人からの一発出アガリ抽選を受けられますからね」
確かに、2回の出アガリチャンスが先にある。
「ただ黒沢さんに打っても3着は残りそうだからそれは受け入れられるんですが、
寿人さんにホウテイで打つとラスになりそうなので、それが微妙で──、
曲げられませんでしたねえ」
なるほど。
堀はただテンパイキープを迷っていたわけではない。
6巡目のノミ手テンパイから、常人の祈るようなドラ引きなどの手変わりをただ待つのみならず、
他家に対する思考を絶やさぬよう、通せる牌、待ちの枚数を読みながら、
最終手番までその形が変わらずとも、残り1巡でのリーチ一発ツモハイテイによるマンツモをにらんでいたのである。
そして寿人のリーチを見て、妥協としての切りダマテンを選択。
結果十分ではないものの、大きなハイテイアガリを果たすことができたわけだ。
放送時のコメントを見ていると、
堀は無謀だ、なんて入り目だ、読めてないという批判はあった。
しかし違う。違うのだ。
もちろん私たちも、放送を見ているだけでは選手の思考を拾い切れない。
読みで通せる理由、押しが見合う理由、それは瞬間ではわからないこともたくさんある。
一流の選手が熟考して、切った打牌。
それを見ただけでこうと断じる前に、
何を考えたか、なぜ切ったかということを疑問に思ってくれるといいなと思う。
堀慎吾は、を切れる理由があったし、
その長考は、リーチに踏み切るかどうかの判断を整理しているところだった。
6巡目のノミ手をマンツモにする思考の深奥まで及んでいる人はいなかっただろう。
私たちもこうして出来るだけ選手の考えを伝えることで、
観戦する多くの方と、麻雀の面白さ、選手の素晴らしさを共有したいと思っている。
は、ほとんどの人が押せないだろう。
しかし、それを切れる理由、さらにはもっと先の最高の未来の可能性があったことを──、
選手の心血を注いだ打牌は、教えてくれるものなのである。
日本プロ麻雀協会1期生。雀王戦A1リーグ所属。
麻雀コラムニスト。麻雀漫画原作者。「東大を出たけれど」など著書多数。
東大を出たけれどovertime (1) 電子・書籍ともに好評発売中
Twitter:@Suda_Yoshiki