ここで多井の手が止まる。
丸山が打ったをチーして待ちテンパイを取ったのだ。
が内川の現物であり、伊達が前巡に切っていることから、トイツ落としの可能性もある。
次のを捉える為の鋭い仕掛け。
多井が攻め返してきた矢先。
丸山が引いてきた牌は。
そう内川のアタリ牌だ。
丸山の手が止まる
この時、解説の筆者は
『これは止まらないと思います』
と言った。
それぐらいの状況まで追い詰められているのだから。
だが、ここから丸山奏子が出した答えは──
今多井が通したを抜き、を止めた。
緊迫した状況。
落とせない親番。
でも。
多井がこの状況で押し返してきている。
つまり、テンパイしているか、高い手のイーシャンテン。
自分の待ちは悪い。
親番は維持したいが、勝ち目が薄い状況の中、ここで放銃してしまったらトップも遠のいてしまうんじゃないか?
現状6位はABEMAS。
もし多井が内川に放銃すれば、トップラスという並びも作れるんじゃないか?
丸山が今一番自分にとって得な選択はこれだと考えたのがだったのだ。
そして、その想いは必ずチームにトップを持ち帰るという意思表示でもある。
を放銃回避した未来はすぐさま訪れた。
内川がを掴み、多井の2000点のアガリ。
内川の手が開かれることはなく、その瞬間の丸山にはがアタリだったと知る由もない。
だが、いずれにせよこの選択はファンを魅了したのは間違いないだろう。
丸山はこの半荘、最後までトップを取るための最善を考え、しっかりとトップを持ち帰った。
この日、試合前に実況の小林未沙さんと共に楽屋でインタビューをしていた時
丸山はこう話していた。
『あんまり重い感じで聞かないでくださいね!
もしかしたら私にとってMリーグ最後の試合になるかもしれない。チームは今年ファイナルに行けなければ入れ替えになる。もちろん諦めるわけないですが、厳しすぎる状況は分かっています。
だからこそ自分を応援してくれてる皆様に感謝を伝えられる麻雀を打ちたいです』と。
自分から重い感じで聞かないでと言っていたのに、話しながら丸山は泣いていた。
筆者と勉強会をやり始めてからしばらくは、毎日のように丸山は泣いていた。
教え方が厳しいのもあるが、一番は焦りから来ていた涙だと思っていた。
強くならなきゃ、置いていかれないようにしなきゃといつしか孤独と戦っていたんじゃないかとさえ感じていた。
でもそんな丸山がいつしか涙を見せなくなったのは、他ならぬファンの皆様の応援の力である。
自分が麻雀を打つことで、勝つことで笑顔になってくれる人がいる。
麻雀プロにとってこんなに嬉しいことはない。
たくさんの支えが丸山を強くしていた。
だからこそ
この試合前に流した涙は悔し涙だ。
もっと自分の麻雀を見せたい。
麻雀の楽しさを伝えたい。
歯痒さからくる涙を止める権利は誰にもなかった。
わー! ごめんなさい!
と、涙を拭いたその目は戦う目にしっかりと変わっていた。
『笑顔を届けよう』