【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第14話:本戦前夜【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第14話

 

プロ予選が終わってから本戦まで、一か月ほどの間があった。その間にプロ以外の予選、つまり著名人枠2名、作家・漫画家枠2名、全国で行われた一般読者大会を勝ち上がった読者枠4名を決める大会が行われた。

例年、おれは運営や採譜など、T書房側として関わってきたが、この年はそれができなかった。別に選手として勝ち残っていたからではない、単純に仕事的に忙しかったのだ。さらに親戚の葬式やらの義理事がいくつか重なり、なんだか目の回るような日々を過ごしていた。

特に時間を取られたのが、いわゆるガテン系の求人情報フリー雑誌の仕事であった。繁華街の風俗紹介所とかに置いてあるやつだ。

ガテン系、といってもおれが受けていたのは、フリー雀荘紹介のページである。本の趣旨とは関係ない、まあ添え物みたいなものである。こんなページが必要なのか誰か読むやつがいるのか、まるで謎であったが、そもそもタダで配っている本である、ページがうまってさえいればよいのだ。

担当編集が麻雀好きだった縁でもらった仕事であったが、ギャラも悪くなく、最初のうちは良かった。今回は新宿、次回は渋谷のような感じで、毎回地域ごとにテンゴ程度の、若者が行きそうな雀荘を何軒か取材する。取材といっても、店に行ってパシャパシャっと何枚か写真を撮り、オーナーなり責任者なりにルールや店の売りなどを適当に聞くだけだ。

そう、最初のうちはよかったのだ。

新宿や渋谷、池袋などの近場は、比較的知り合いも多いし、そもそも雀荘の数が多い。めったにないことではあったが、同じ日に五店舗アポイントが取れれば、一日で取材終了である。

都心部を一通りやってしまうと、次は吉祥寺や立川・八王子などになる。それら東京都下がなくなってしまうと、あとはもう埼玉や千葉に行くしかない。地方はそもそも店の絶対数が少ないので、駅単位では企画が成り立たない。大宮などはギリギリ単独でいけた記憶があるが、それ以外は「埼玉県」みたいなくくりにせざるをえない、必然的に移動距離も長くなり、交通費もバカにならなくなってくる。

10分で終わる取材のためにはるばる久喜駅まで行ったあげく、店長の男に「今オーナーいないんで明日にしてください」と言われ、いやたしかにアポイント取ったんですが聞いてないですか、いや聞いてない明日にしてくれ、帰り道あまりにも寂しい久喜駅前の景色を見て、ここにまた明日来ねばならないのかと思ったときの絶望感である。

 

そんなことをしていたら、あっという間に本戦が近づいてきてしまった。

この当時からよく、麻雀プロ連中は「調整」などと称して仲間内のセット麻雀を組んでいた。曰く「タイトル戦が近いのでそのルールに慣れておくため」とか「決勝戦を想定して」というやつだ。

おれは、そういうのがあまり好きじゃなかった。

第一に、あまり意味があるとは思えなかった。定期的にやっているならまだしも、一日半荘何回か練習したところで、慣れるもなにもない。それで慣れるなら元から慣れているのだ、ぶっつけで行ったって変わらない。そもそもが、どんなに大きく変わったって一発裏ドラありがなしになるくらいのもので、大したことではない。

結局は「練習していきましたよ」という自信が欲しい、言い換えれば「これで負けたなら仕方ない」というエクスキューズが欲しいのだろう。アリバイ作りみたいなものだ。

さらに言えば、ほんとうはそれすらないのでは、とおれは思っていた。「自分たちはこんなにやってますよ」「麻雀プロなんて食えないけど一所懸命やってますよ」というアピール、それも外にではない、業界内部に向けてのアピールである。もちろんそんなものはただの傷の舐め合いに他ならないが、そういう「食えないけどやっている」こと自体を素晴らしい、美しいことだと捉えている節があった。そういう感じも、おれは嫌だった。

一度だけ、同期の「調整」に付き合ったことがある。

結果に関わらず、毎局全員が手を開いてああだこうだ感想やら疑問を述べる形式であった。正直に言えば退屈だったが、参加した以上は真面目にやっていた。ところがある局のことだ、二人リーチになり、ペンチャン待ちのリーチに脇が放銃した。するともう一人のリーチ者が次の自分のツモ牌をめくり、「あーやっぱりツモってたか」と言って笑い、他の二人もつられて笑った。

 

即座に立ち上がって帰りたかったが、なんとかこらえた。

 

終局後に「次のツモを見る」とか「山を開けて見る」などは、ほんとうに最低最悪の行為だ。麻雀にたらればはないのだ、現実的になに一つ意味のない、そんなことをしてもまったく上達に繋がらない行為である上、なにより麻雀において「誰の目にもふれなかった牌」は不可侵領域だとおれは考えている。見えない部分が多いからこそ麻雀はおもしろいし、成立している。ある意味でそれは聖域のはずであろう。

それをなにも考えずに掘り返すモグラ野郎ども、真面目な顔してなにが「調整」だ、てめえらも街場のおっさんと変わらねえよ。それ以来、その手の誘いは一切、シャットアウトした。

 

つまり、おれは本戦に向けての準備みたいなものはまったくしなかった。時間的に余裕がなかったこともあって、何回かフリー雀荘で牌を握る以外、麻雀を打つ機会もなかった。協会のリーグ戦もちょうどない期間だったのだ。

 

ただ一つだけ、前日に、髪を切った。

美容院はあまり好きじゃないけれど、一応は晴れ舞台という気持ちもあったのだろう。

だが、少し、切りすぎてしまった。こんなことなら自分でバスルームで髪を切る方法でも考えたほうがよかったかな、と思ったが、どうしようもなかった。

 

髪の毛は急には伸びないのだ。

 

第15話(5月25日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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