【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第23話:凡人【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第23話

 

平常心を取り戻せたこともあり、そこからはまともに戦えた。ラスを引くこともあったが同じようにトップもあり、最初の負債は徐々に減っていった。マシロの勝ちも増え、おれの代わりに、といってはなんだが、広告代理店のクロサワの負けが込んでいる。

クロサワはマイナスが増えるにつれ、盆面の悪さを隠さなくなってきた。点棒は投げるように支払い、リーチ負けなどすると舌打ちしたあげく「そんな待ちに負けるか? おれのほうが良い待ちなのに!」などと愚痴る。アツくなっているのはわかる、だがこうなったら終わりだ。「僕は馬鹿です」という紙を額に貼っているようなもんだ。

だいたいアガれなかった「良い待ち」などない。アガるために待ちを考えるわけで、山に何枚残っていようがアガれなかったらただの「良さそうな待ち」であり、アガった待ちが「良い待ち」なのだ。もちろん過程は大事だし、枚数が多いほどアガりやすいに決まっている。だが、過程は結果のために存在している。結果が出なかった者が結果が出たものに対して、「こっちのほうが過程が良かった」などと言ってなんの意味があるか。恥ずかしいだけだ。

 

あらかじめ決められた回数が来た。ラスト1半荘である。横目で帳面を見たところまだ10万程度はマイナスしている感じだったが、どうやら大敗は免れたようだ。マシロは3ケタをとうに超える勝ち、ナカモリとおれの負けは同じくらい、クロサワが残りを背負う形である。

 

最終戦は開始5分で終わった。東1局で役満が飛び出たのである。

打ったのはやはりクロサワ、明らかな国士無双狙いに対し、終盤に4枚目の字牌をノーケアで放った。国士無双に気付いてすらいない、もう完全に注意力がなくなっているのだ。

アガったのはおれだった。

 

「よーし、じゃあ計算しようか」

マシロが言い、帳面を手に取った。

「ちょっと待ってください、あと……」

クロサワが「泣き」を要求しかけたが、ナカモリが遮る。

「いや、最初に決めてたんだ、これで終わりにしよう。それにクロサワくんも今日はもうやめておいたほうがいい」

新参者のおれは黙っており、マシロはそんなやりとりを意に介する風もなく電卓を叩いている。それを見てクロサワも黙った。

「はい出た、端数ははじくよ、えーとクロサワくんが143、おーけっこういったな、ナカモリさんが12」

ここまでが負け額だ。

「で、勝ちが小山田くん33、残りがおれだな」

クロサワが鞄から金を取り出し、卓上にバサッと投げた。

「じゃあお疲れ様です」

それだけ言ってさっさと出て行ってしまった。

「まったくあいつはな、負けるといつもこうだな」

ナカモリが苦笑しながら、自分の負けを出す。

「なんだあいつ、140しかないじゃねえか、セコいことしやがって」

クロサワの置いた金を数えながらマシロが眉をひそめる。しかし、目は笑っていた。

「じゃ、これが小山田くんの分。場代はいいよ、おれが払うよ」

 

おばちゃんの店員が持ってきた伝票をチラと見たら、8万いくらという数字が書かれていた。一晩の場代としては高すぎるとは思ったが、なにも考えずに頼んでいたコーヒーやウーロン茶は全部一杯500円だった。細かく見たわけではないが、他にも個室料やらなにやらついているのだろう。赤坂は雀荘代も高いんだな、そう思いながら外に出た。夜がまだ朝になりきらない、微妙な時間だった。

 

「お疲れさまです」

「おー、お疲れ、またな」

「お先に!」

マシロとナカモリはそれぞれタクシーに乗って、帰っていった。おれもタクシーを拾おうと手を上げかけたが、なんとなくその手を下ろした。どうせ待つ者は誰もいない、ノロノロ歩いてみた。

 

賭け麻雀で勝つ、とはどういうことだろうか。

おれは今日、少し勝った。次やればまた勝ち、その次もまた勝つかもしれない。しかしその次に大きく負ければ、それで終わりだ。向かっていこうにも、そのタネがなくなる。

おそらく、おれのような人間は特にそうだ。仮に100万円勝ったとしても、次にその100万円をそのまま持っていけない。そもそもの収入が細い上に、享楽的にできている。生活費やら遊びやらでどんどん漏れ出ていくだろう。

勝っているうちは良い、だが当然負けが続くこともある。いくらトータルで勝っていようが、なくなったらそこで終わり、負けと同義だ。実力的には上だとしても、多くのプロが最終的に「負けて」しまうのはそういう理由もあるのではないか。

 

たぶんおれは博打麻雀には向いていないだろうな、と思った。少なくともそれを生業とするのは難しいだろう、誰もがそうであるように。凡人なのだ。

何も食っていなかったので、コンビニでおにぎりを買った。歩きながら包みを開ける、カラスが開け散らかした道端のゴミ袋が悪臭を放っている。世界一マズいおにぎりがここにあった、それを齧っていたら急に早く帰りたくなったのでやっぱりタクシーを拾った。

 

後は家で寝るだけだ。そしてまた起きるだけだ。

 

 

第24話(6月26日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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