【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第34話:開票【長村大】




中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第34話

 

オオトモが立ち上がる。

「どうも、オオトモです。今回は思うところがありまして、この代表選挙に立候補させてもらいました」

 

オオトモは飄飄とした男である。「ベンツドンペリロレックス」な旧石器時代的価値観とは無縁で、「だから今の若者は」といった頑迷さやマッチョな体育会系上下関係を嫌う、リベラルな思考の持ち主であった。なにかとベテランが優遇される麻雀界のあり方に一石を投じ、これからは若手がどんどん活躍できる場を作らなければならない、そのためには今までのように内に籠るのではなく、外の世界に打って出ていかなければならない。そういったことを具体案も交えて滔々と説いた。

ともすればそのキャラクターから「軽い」と見られがちな男であるが、そのオオトモがふざけず、真剣に話したことが彼の本気の証明でもあり、それは聞いている側にも伝わったように思えた。短い時間ではあったが、なかなか悪くない演説であるように思えた。

 

対してタカシロのそれは、良くも悪くも保守的であった。

伝統ある日本麻雀プロ協会の看板、チャラチャラせずにそれを守っていこう。麻雀プロが麻雀で食っていくという理想を実現するためには、まずは我々自身がしっかりとした規律を持ち、それを守り、麻雀技術の上達に邁進する。さすればいずれ自然と良い世界になっていくはずだ。それは理想であると同時に、居酒屋の隅っこで何度も聞いた夢物語と同じに聞こえた。

 

身内びいきはあるだろうが、演説の内容はオオトモが圧倒していた。根回しなどなかったとしてもオオトモが勝つだろう、それくらいの差に感じられた。

 

「それでは投票用紙を配ります」

司会の配った用紙──といってもただの白紙だが──に「オオトモ」と書き入れ、前方の投票箱に投げ入れる。おれはかなり楽観的だった、これはオオトモが勝つことになるだろう。

全員の投票が終わり、理事の数名が箱の中の紙を取り出して集計をする。特に役割が決まっているわけではない、なんとなくその場にいる人間がやるだけだ。中学校の学級委員を決めているような牧歌的な趣もあり、それを大の大人たちが真剣にやっているのがなんだか滑稽でもあった。

 

「集計が終わりました」

結果の書かれた紙を見ながら、司会が言った。平静を保っていた彼の声が、このときは少し上ずって聞こえた。

「委任状を含めて、タカシロさん43票、オオトモさん42票。よって、来期もタカシロさんが当会の代表となります」

会議室内に決まり事じみた拍手が鳴り響く。おれも手を叩きながら、前に座っているオオトモを見た。負けたオオトモも拍手をしていたが、その表情は憮然としていた。

 

 

その夜、飯田橋に戻ったカジとオオトモ、おれの三人でなんとなく飲みに行った。残念会みたいなものだ。

「まあとりあえずオオトモさん、お疲れさま」

カジが労った。

「はいよ、そっちもお疲れさん。いろいろありがとうな」

オオトモはつとめて落ち込んでいない風を装っていたが、やはり顔には落胆の色が浮かんでいる。

「演説では勝ったと思いましたけどねえ……」

おれも口をはさむ。

「そうだよなあ、票読みでもいける気はしてたしなあ。チクショウ、誰だ裏切った奴は!」

オオトモがおどけてみせたが、やはり負けた後の酒だ、さほど気炎が上がるものでもない。会話も途切れがちである。なんとなくしんみりとした空気が流れた瞬間に、カジの携帯電話が鳴った。

「あれ、シマダさんだ」

シマダはベテランの会員である。

カジが電話に出ている間に、オオトモと話した。

「シマダさん、今日来てないよね?」

「そうですね、あの人仕事の都合で来れなかったみたいです。オオトモさんに入れてくれるとは言ってたんですが」

ふと、嫌な予感がしたそのとき、カジの電話が終わった。苦虫を噛み潰したような顔、とはまさにこのことだろう。

「オオトモさん、ごめん!」

「どうしたの?」

「シマダさん今日来られなかったから、委任状だったじゃない」

「うん」

「あの人、委任状タケヤマに渡したらしいんだよね……」

「タケヤマってタカシロさんのシンパだよなあ」

「そうなんだよ、あの人普段会社員だからあまりその辺のこと知らなかったらしいんだよね、それで時間もなかったから、たまたまタケヤマに託しちゃったみたいなんだ。ちゃんとおれが預かってれば……」

カジがうなだれる。それはそうだ、1票差なのだ。その票があれば、逆転している。

「ほんとうにすいません!」

カジが再び謝った。

「いや、しょうがないよ。おれに入れるって言ってくれたやつが、まさかタケヤマに委任状託すとは思わないもんな……」

オオトモが声を絞り出す、彼にカジを責める気は一切ない、だがやはり無念さが滲む。詰めが甘かったといえばそれまでだが、組織を変えようとした我々自身が組織の人間関係の常識に依ったツケを払わされた証左でもあり、なんだか三人とも自己嫌悪に陥ってしまった。

敗因がわかったとてどうなるものでもなく、さらに重くなった空気が流れただけであり、この日はそのまま解散となった。

だが、この敗戦は後日に大きな意味を持つことになる。

 

 

第35話(8月3日)に続く。

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