【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第36話:退会【長村大】




中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第36話

 

オオトモらしい、と言えばオオトモらしい決断であったかもしれない。良きにつけ悪しきにつけ、決断が早く行動力があるのだ。だが、今回は少し拙速に過ぎるように思えた。まだ具体的な構想も準備もない。

 

「辞めるのはいいけど、今期が終わってからっていうことだよね?」

カジが聞く。オオトモの事務所である。

「いや、もう今日辞めた。リーグ戦は休場扱いになるんじゃないかな」

「オオトモさん、いくらなんでもそれはマズいよ。途中で辞めたらいろいろ迷惑かかるし、新団体作るにしても人誘いづらくなっちゃうよ」

「言われてみればそうなんだけどさ、そこまで考えなかったんだよね。急に嫌になっちゃって」

これもまた、オオトモらしい理由であった。

 

「それに、新団体の立ち上げは、人の勧誘はしない予定なんだ」

「聞いてないけど」

カジはやはり不満そうだ。

「じゃあどうするんですか?」

代わっておれが聞いた。

「この指止まれ、だね。このあいだの総会で、一応おれの言いたいことは言った。あとは新団体作りますよ、という告知はして、来たいやつだけ来てくれればいいと思ってるんだ。もちろん、今期のリーグ戦終わってからの参加でもいいし、他団体から来てもらってもかまわない」

「ああ、でもそれはいいかもしれないね」

カジが言う。

「こうなっちゃった以上もうやるしかないわけだし、無理やり人数集めるよりは、確実に自分の意思で来てもらったほうがいいかもな」

オオトモが大きく頷いた。

 

バベルの事務所に戻ったところで、カジがおれに聞いてきた。

「オヤマダはどうするつもり?」

「そうですね、おれもすぐ辞めたほうがいいかな、と思ってます。オオトモさんが一人で辞めるというのも変な感じですからね。カジさんはどうするんですか?」

すこしの間、考えてからカジが口を開いた。

「おれは、残ろうと思ってる」

カジも当然新団体に移るものと思っていたおれは、少なからずびっくりした。

「おれもオヤマダも、オオトモさん側の人間だとみんなに思われてるだろ? 実際そうなんだけど。ただ、別にタカシロさんや協会と敵になろうってわけじゃないし、その間の緩衝材みたいな役割も必要だと思うんだよ」

「なるほど」

「おれは選手としてどう、みたいなのはそんなにないしね。まあ麻雀界の人間関係、そんなに気にしなくてもいいとは思ってるけど」

 

カジにはカジで考えるところがあるのだろう。おれはおれのことを考えた。

コニシと一緒に吉祥寺の雀荘に貼られた日本麻雀プロ協会のポスターを見てから数年、いつの間にかすっかり麻雀プロになってしまった。もちろん協会には恩も思い入れもある。高校生のころから見ていたトッププロはAリーグにいるし、彼らにもうすぐ手の届くところまで来た。コニシもすでにAリーグで戦っている、純粋に打ち手としての楽しみや期待がまったくないわけではない。

だが、と思う。今は麻雀が打ちたくて麻雀プロをやっているわけではない。麻雀で食いたくてやっているのだ。

もともと肚は決まっている。

おれはその日、退会した。

 

 

その足で、久しぶりに吉祥寺の「ホップ」に顔を出してみた。かつてコニシとアルバイトをしていたテンゴのフリー雀荘だが、ここ二年ほどはまったく顔を出していなかった。

一階ラーメン屋二階サラ金三階飲み屋の四階、ザ・雑居ビルといった趣である。エレベーターの扉が開くといきなり店内、中の様子を伺ったりする甘えを許さない作り。懐かしい。

「いらっしゃいませ……お、オヤマダくん、ご無沙汰じゃない」

中年の店長に出迎えられる。この人にもよく酒をおごってもらった、高校生だったけれど。

「活躍してるみたいだね、全然来てくれてないもんな」

「やめてくださいよ、ただ最近吉祥寺にもあんまり来れなくて。すいません」

店長が続けた。

「……オヤマダくんが来てくれないあいだにさ、実は来月、店閉めることになったんだよ」

「え! ホップを、ですか?」

他になんの店だというのだ、マヌケな答を聞きながら、店長は黙って頷いた。

 

そうか、と思う。ホップも長いことやっている。おれが麻雀を覚える前、吉祥寺で遊ぶ小学生や中学生だったころから、看板を見て名前だけは知っていた。バイト時分の楽しかった思い出もある。

あまりにも月並みで恥ずかしいが、変わらないと思っていても、知らず知らずのうちに人も世の中も変わっていく。たぶんおれも、自分で気付かないだけで変わっていっているのだろう。それは良いことでも悪いことでもない、ただそういうこととしてあるだけだ。

 

その日は、朝まで打った。おれは徹底的にツカなくて、テンゴの麻雀とは思えない額の負け金を吐き出した。夜が明け、店長に挨拶して外に出て、四階にあるホップの看板を見上げる。どこにでもある、取り立てて特徴のない雀荘である。それがなくなるだけだ、誰も気にしない、しかしそれも変化の一つだ。

おれは少しの仮眠を取るために、阿佐ヶ谷のアパートに戻って、眠りについた。なんの夢も見なかった。