【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第47話:ピンさん【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第47話

 

おれのリーチの発声を受けても、トイメンのその男は眉一つ動かさなかった。おれの河を特別に見るでもなく、スッと危険牌を押してくる。「勝負!」だの「通るか!」だの、おっさんにありがちな一言はないし、強打することもない。常に同じトーンで摸打を繰り返していた。

プロの対局でも──かつておれもそうであったように──、危険牌を切る際につい力が入ってしまう場面は散見される。だが例えば、河だけ見れば危険牌でも、自分の手牌も合わせてノーチャンスの4枚目や字牌の4枚目を切るときに強打するだろうか? しないはずだ、それも一種の三味線行為と言える。

つまり、強打する、ということは「そうではない」ことを宣言しているも同様なのだ。麻雀打ちはやたらと三味線行為に厳しいが、なぜこういうところに無頓着なのか、おれにはよくわからない。

 

改めてトイメンを見てみる。おれより二回りほど上だろうか、濃紺のスラックスにジャケット、ネクタイはしていないがシャツはパリっと糊がきいていて、派手ではないがどれも上等そうである。

年のわりには大柄だ。おそらく身長173センチのおれよりも大きいだろうし、体格も良い。元々なにかスポーツをやっていたに違いない。短く刈られた頭髪は整髪料できれいに撫でつけられて黒々としており、若々しさを保っている。

この歌舞伎町の雀荘でここのところ何度か同卓していたが、初見からどこかで見たことがあるような気がしていた。だが思い出せない、たしかに会ったことがあるように思えるのだが。

 

そんなことを考えていたら、そのトイメンから当たり牌が飛び出した。

「……あ、ロンです、すいません」

上家がツモ山に触れるか触れないかの遅ロン気味だったが、フリー雀荘ならこれくらいはセーフだ。

「ぼーっとして見逃すなよ」

トイメンがニヤリと笑って言った。

あっと思った。

記憶が甦る。

 

あれはおれが龍王位を取った直後であったから、もう何年か前になる。その日、おれは懇意にしていた他団体のベテランプロに寿司をごちそうになっていた。歌舞伎町の奥の奥、我々以外の客は全員稼業者、みたいなひどい客層だが、寿司は美味かった。

そのプロは団体を代表する看板プロの一人であったが、どちらかというと一匹狼的な存在で、長いことバクチ麻雀でたつきを得ていた。失礼を承知で言えば、朴訥とした口調とやってきたことの苛烈さのギャップがとても面白く、また当たり前だが麻雀も強い。数少ない、おれが尊敬する麻雀プロであった。

ひとしきり寿司を食って店を出ると、彼が言う。

「ちょっと最近行ってる雀荘に顔出すからさ、小山田くんも挨拶していきなよ」

寿司屋からすぐ近くのなんだかよくわからないビルの半地下、ノックして彼が自分の名前を告げると、扉が開いた。「雀荘」と言っていたがどう見ても店ではないだろう、なにしろ看板もなにもないのだ。

「小山田くんもこれからはこういう所で打たないとダメだから」

ダメってなんだ、おれは思ったが、もちろん口には出さずに心の中で笑った。

 

中には一卓だけ麻雀卓が置かれており、ゲームが行われていた。

「どうしたの、若いの連れちゃって」

卓に入っている、場の主らしき男が彼に声をかける。

「いや今日は飲んじゃったから打たないけどさ、紹介だけね。今売り出し中の若手で小山田くんていうの」

「どうも、小山田です」

なにを言ったらいいのかわからず、おれは間抜けな挨拶をしていた。

「そうか、よろしく頼むよ」

なにをよろしく頼むのか不明だったが、その場主はおれを見てニヤリと笑った

 

その顔であった。

 

 

男はピンさん、と呼ばれていた。おそらく名前に「一」がつくのだろう、だが本名を呼ぶものはおらず、みなピンさんピンさんと言う。歌舞伎町ではだいぶ顔が広いようで、ある程度遊んでいる者はみんな知っている、という感じであった。

ピンさんからの直撃でおれがトップで終わった、次の回である。オーラス、おれは5200条件の二着目、親のピンさんはラス目である。

 

 ツモ ドラ

 

手拍子でを切りかけたが、打とした。切りがもっとも手広いが、ペンが入っても高めがドラのリーチのみである。をツモったらを落としていくつもりであった。

また、ダイレクトにを引いたらリーチだが、その際にと河に並ぶかとなるかで、の出やすさが違ってくる。当然前者のほうが優秀だ。

次巡、首尾よくドラのをツモってリーチ。端牌のシャンポン、どちらがこぼれてきてもおかしくない。それがであればトップ、なら裏ドラ次第。

 

しかしこれがどこからも出てこずに流局間際、ピンさんの手番となった。もうツモ番はない、ノーテンなら終了である。

少し考え、手から無筋のを切り出してきた。テンパイはテンパイか、次の南家が安全牌を切って流局。

開けられたピンさんの手牌はこうであった。

 

 

おれの手牌を見て、ピンさんはおれにだけわかるようにニヤリと笑った。

次局、当たり前のようにピンさんが6000オールをツモって、トップになった。

 

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