いつか大輪となる日を夢見て
嶺上開花で咲かせた
新世代のひと花
【決勝卓】担当記者:藤原哲史 2022年8月14日(日)
A卓終了時のインタビュー。敗退した高津柚那の声は震えていた。
「結果はすごい悔しいです。今日までたくさんの人に応援してもらって…」
道中で決め手は入るも、リーチ後に放銃した18000点が痛手となり、そこから高津が浮上することはなかったのだ。
スター選手の対局と比べて、自分の麻雀を観てくれた人は少なかったかもしれない。それでも、ファンや家族、地元の友だちなど、大切な人たちの応援にこたえられなかった。その想いが、高津の言葉を詰まらせた。
「若いのに、大舞台でよくがんばりました」の綺麗な言葉は、高津には要らなかった。
本当に欲しかったのは、飾りもついていない「勝利」だけ。
観ている人にとっては数ある対局のうちの一つでも、高津にとっては、次にいつチャンスが訪れるのかも分からない大切な対局だったのである。
優勝者の陰で、敗者は記録にも記憶にも残らないことを高津は理解していた。
あの舞台で敗退した人だけが流せる涙を、その目いっぱいに湛えたまま、高津は会場をあとにした。
最強戦女流プロ最強新世代は、その名の通り、高津柚那をはじめとした新世代の女流プロ8人が集まった大会である。
A卓からは鳥井ゆう・蒼井ゆりかが、B卓からは杉浦まゆ・辻百華が、それぞれ決勝卓へと勝ち上がった。
東1局、鳥井の2巡目。ここから、打である。
チートイツを主眼に置き、ツモがハマらなければ撤退する、実戦的な一打である。
鳥井は関西で放送対局に慣れており、4人の中で一番リラックスして打っているように見えた。蒼井の親リーチが入るも、を勝負して追いかけリーチ、裏裏で8000点の先制パンチとなった。
東2局、辻の配牌。
この日、辻の配牌は総じて悪かった。遠くに国士無双やチャンタ系の手牌を見据えて、から切り出す。
5巡目、が対子になったところで、親からが打たれた。
辻はスルー。続いて7巡目に2枚目のも見送った。
うっすらとホンイツのターツが見えているところで、はともかくは仕掛ける人も多いのではないだろうか。
辻は日頃、秋葉原の麻雀店で働いている。普段は店を盛り上げるためにおちゃらけているが、家出してまで麻雀にかじりついた自分を親身に育ててくれたお店に恩返しをしたいという気持ちは、人一倍強かった。
そこで覚えた麻雀のひとつが、“バランス”である。を鳴いたところで残った形が悪すぎることと、親に対する安牌を減らしたくないことを考え、腰を重く構えたのだ。
結果、2軒リーチに対して上手に迂回し、待ちのテンパイまで辿り着けた。
直後に鳥井がオナテンのをツモりあげ、500・1000。
この後も、特別に辻の内容が悪かった訳ではない。
配牌、ツモ、展開、全てが辻の手元を離れてしまい、残念ながら辻の最強戦はここで幕を閉じてしまった。
東3局、鳥井が配牌のチョンチョンに祈りを込める。
鳥井ゆうは、自分の“魅せ方”がとても上手い。
その一つとして「日本プロチョンチョン協会」がある。
親番で配牌を取るとき、チョンチョンに祈りをかけると良い牌がくると言うのだ。
有言実行、驚きの引きであった(2枚目のチョンは)。
実況席が湧き上がる。
ただ鳥井の麻雀を根元で支えているのは、「祈り」ではない。
関西のサンマで培った「基礎雀力の高さ」と「判断の速さ」が、鳥井の本当の武器である。
シンプルに「打ち慣れている」と言い換えても良い。
配牌から思ったように手が伸びず、蒼井からリーチを受けた14巡目。
イーシャンテンには受けず、安全なをツモ切りリャンシャンテンとする。
直後に杉浦のリーチにも挟まれるが、打たれたに素早く反応しテンパイを取り切った。
驚くべきは、ポン、打の反応速度である。確かには比較的通りやすそうではあるが、トップ目からノータイムで仕掛け・プッシュしてテンパイを取るそのセンスは、まごうことなき基礎雀力の高さを表している。
流局を挟み、東3局3本場に蒼井が300・500で鳥井の親を落とす。
東4局13巡目、ラス目である蒼井の手が難しい。
待ち牌がバラバラと他家に切られており、チートイツに受けてもシャンポン待ちに受けても待ち牌は1枚しかない。さて、どうするか。
蒼井は単騎のチートイツに受け、すぐに辻から溢れて1600点のアガリとなった。
見る人が見れば、弱気な選択に映るかもしれない。ここから先は憶測の域を出ないが、蒼井がリーチをしなかった理由について、少し10巡目の切りに触れたい。
蒼井は10巡目にを切っており、その後の手出し切りリーチによって対子落としとなるため、地獄待ちの単騎は読みから外れやすくなる。
しかし蒼井は、10巡目にツモってきたを、切る前に一度手の中に入れた形で手出ししているのだ。
競技として、ツモった牌を打牌前に手牌に入れ、ツモ切りか手出しか分からなくして打牌をしてはいけない。
もちろん蒼井はそのことを百も承知であるし、普段から手牌の中にツモ牌を入れて打牌することをしない。
決勝や放送対局に慣れていない訳でもない。それだけ、最強戦に棲みつくプレッシャーが半端ないのだと考える。
あの席に座ってみないと分からないのだ。
「蒼井はとても気を遣う繊細な打ち手である。自分の不自然な動作の10巡目切りを気にして、リーチをかけなかったのかもしれない。これでリーチして単騎をアガるのはどうだろう、と」
対局後の検討配信で、瀬戸熊プロはそう語った。様々な意見があると思うが、もしかしたら違う未来があったかもしれない1局となった。
鳥井が一歩リード、他3人が平たい状態で迎えた南1局。ここから鳥井は局消化に比重を置くこととなる。
を仕掛け、直後にを叩いた鳥井の切り番。
パッと見、を切る人も多いのではないだろうか。
しかし鳥井は、他家の捨牌からピンズの上がとても良いと感じ、※4sを離した。7巡目に絶好のを引き、みごと辻の最後の親番を落としたのである。
鳥井は打ち慣れている上に、読みと心中できる胆力も持っている。この麻雀を見せられると、追いかける他家は相当苦しい。
南2局、最後の親番を落とせない蒼井。
しかし、とにかくテンパイしない。
虚しく山を千切っては放っているうちに、杉浦からリーチが襲いかかった。
蒼井はもう、目を瞑って前に出るしかない。
新世代の中ではベテランにあたる蒼井が、ルーキー杉浦の本気に気圧されていた。
今にもツモってしまいそうな杉浦の右手を、蒼井が心の中でつかむ。
蒼井は今回の出場選手の中で競技麻雀歴が長い方である。
しかし、蒼井ほどのキャリアと雀力をもってしても、15年間タイトルを獲得できていないのだ。
それだけ、他の選手よりも流してきた涙の数が違うし、最強戦にかける想いも人一倍である。
テンパれ…! 辻のアシスト鳴かせも受けられない中、蒼井は最後のツモで執念のテンパイを果たした。
なんとか、首の皮一枚繋がった形である。