「……乃木坂46にはシングルの表題曲を歌う選抜メンバーと、それ以外のアンダーメンバーがいるのですが、常に順位を意識させるこのシステムが、自分を努力家にさせたと考えています」
中田花奈は穏やかに語る。
「もともと私は自己評価が高い方ではなく、ネガティブな方です。でもそんなネガティブな自分が嫌いではありません。むしろ現状の自分に満足しないことで常に『頑張らなきゃな』って思うし、ネガティブな感情は自分を努力へと駆り立てるエンジンなんです」
ネガティブを発端として「また頑張ろう」という気持ちを、“ネガティブを飼い慣らす”と、中田は表現する(※2)。ネガティブを飼い慣らした中田は、経営にタレント業と激務に追われる中で、必死に麻雀と向き合う時間を作ってきたのだ。
中田の手牌に戻る。この手から中田は、を切った。
ここからスッとを離せるアイドルが、いや麻雀打ちが、世の中にどれだけいるだろうか。とりあえず打とする人もいると思うが、いま欲しいのはリーチを掛けずに済む「手役」であり、ピンフと役牌()を睨んだ場合、確かにが不要なのだ。
オーラス、最も大切な第一打に、これまでの中田の努力が滲み出ていた。
更に3巡目、ピンフのターツが足りたところでを切った。直後に和久津が、場に2枚切れとなったを重ねる。
中田があと1巡でもを引っ張っていれば、ホンイツで1000・2000を満たせる和久津は恐らく仕掛けていたであろう。
和久津に条件手を作らせない、見えづらいファインプレーである。
果たして中田が、待ちのテンパイを入れた。そのままアガっても、流局でも勝ちである。
しかし苦しいながらも和久津がテンパイし、豊後からは最後の力を振り絞ったリーチが入っている。内田は全ての集中力を使ってオリるが、和久津、豊後にツモられると親被りで3着に落ちてしまう可能性がある。なんと全員に目が残っているのだ。
日本全国の何万人、いや何千万人を前にしたステージで元気よく振ってきた中田花奈の右手が、たった3人の対局者を前に小さく震えている。
勿論、モニターの向こうで幾人ものファンが観ている訳だが、それ以上に勝負の熱が指先を震わせるのだ。
残り3巡…2巡…。山に残っている牌が、カウントダウンのように減っていく。
豊後のリーチ棒で、和久津は出アガリもOKになっていた。
海底に至るまで、全員に目が残っていたのである。
ここまで面白い対局を演出したのは、座っている4人の努力に他ならない。
豊後が山を掘り尽くし、和久津の最後のツモ牌がストン、と河に落ちたとき、勝負は決した。
対局終了後のインタビューを受け、中田花奈の表情がアイドルに戻る。
しかし我々が対局中に魅せられた彼女の表情は、決してアイドルのヴェールに頼らない“勝負師”の素顔であった。
(※1)女流プロ雀士解体新書 和久津晶より
(※2)2021.04.20新R25『中田花奈「やめよう」からの“返り咲き”のワケ』より
元 日本プロ麻雀協会所属(2004年~2015年)。
会社に勤める傍ら、フリーの麻雀ライターとして数多くの観戦記やコラムを執筆。
Twitter:@ganbare_tetchin