何千、何万という局を繰り返してきた村上であれば、この程度で胸は躍らないかもしれない。
だが苦しい今の状況だからこそ、この手を成就させたい。その気持ちは確かにあったはずだ。
村上に分岐が訪れる。
候補としてはか、はたまたなんていう選択肢もありそうだ。
ドラが4枚で動きを使いたいと思えば、タンヤオを重く見る切りも、この巡目であれば悪くはないか。
村上の選択は切り。
一番強いターツであるだけを固定して、愚形であるの部分は、の周辺牌を引いた時にほぐす。
イーシャンテンは崩さず、形には余裕を持たせて。
村上の姿勢は変わらない。何万回も繰り返してきたことだ。ただひたすらに最善手を選び抜く。
村上の最善手に、牌が応えた。
愚形から埋まる引きは、絶好の待ち。ツモれば跳満は、あまりにも大きなアドバンテージになる。
村上のリーチ発声が、緊張感で乾いた卓上に良く響いた。
流石に決まったかに思えたこの村上のリーチ。
そこに割り込む影が1つ。
村上のアガリ牌を引き入れて、滝沢が待ちのリーチへ。
なんとこの滝沢のリーチのアガリ牌も、山に6枚。
滝沢のリーチを受けて村上が絞り出すような息を吐いた。
それはまるで、自身に去来した嫌な予感を振り払うように。
何度も苦しんだ。
これくらいアガれたっていいじゃないか。
……そんな風に村上が思ったかはわからない。けれど確かにこの瞬間、村上は己を鼓舞するように一つ息を吐いたのだ。
一巡、また一巡と進んでいく。
計11枚。村上と滝沢の待ち牌が山に眠っている。
決着は必至。
どちらがアガっても、大きな意味を持つこのめくり合いは。
今シーズンの村上の不調がそのまま現れたように、滝沢の勝利で決着した。
1300、2600のツモアガリ。
「はい」
いつもと変わらない声色で、村上は滝沢のアガリ形、点数申告に間違いがないことを確認する。
だがその胸中は?
渦巻いたはずだ。またか、今日もなのか、と。
どんなことがあっても、局は進む。
村上の跳満は泡沫に消え、牌は卓の中央に吸い込まれ、次の山が上がって来る。
残酷なまでに、淡々と。
東2局は親のリーチに小林が押し切り、3900のアガりを滝沢から直撃する。
安全牌を打つこともできた中で、押し切ることができるのが小林の強さだ。
更に小林が加速する。
続く東3局を制したのも小林。
この形から仕掛けて、親の村上のダブドラ赤を蹴ることに成功。
低打点の応酬は、小林のペースであることを間接的に証明している。
東4局。
なんとかこの状況を打破したい村上の配牌がこれだ。
ドラが1枚孤立している手牌で、形が良いとはお世辞にも言えない。
5巡目に、を重ねた。
ここから村上は打。対子手をメインに、ピンズが高い全体に対して危険牌のを先切り。
苦しい手牌の中でも、最善手を導き出す。