誰かからリーチが入っているわけでもなく、仕掛けが入っているわけでもなく…
寿人に言わせれば、残り2巡・3900の2シャンテンでの放銃は「無駄な放銃」以外の何物でもない、ということだろう。
こうやって文章にすると、さすがにこのは多くの人が止まる気がする。私も切らない。
だが、ぐぬぬってなる。ぐぬぬってなり→と切っていく。
これが周りから見たときにめちゃくちゃ弱い。
(あ… この人オリたな(回ったな))
と一発で看破される。
テンパイからのノータイム押しは多くの人ができるけど、テンパイからのノータイムオリは難しい。あらかじめこの牌でオリようと決めておく必要があるからだ。
この局は流局。仲林、渾身のヤミテンが実らじ。
無表情で押し、無表情でオリる… いつしか相手3人は、高性能AIと対峙しているような、そんな畏れの感情を抱いてしまう。
そんなAIが親を迎え、5巡目にいつものように一定のリズムでリーチを打ってくる。
ダマ18000あっても平気でリーチを打ってくる男だ。
待ちがいいのか、悪いのか、高いのか、安いのか… その表情からは一切読み取れない。
──そんな寿人でも大きくプレッシャーのかかった対局があったという。
「麻雀プロ団体日本一決定戦」
2016年に行われたこの催しは、Mリーグによって団体間の垣根が低くなった現在から考えると信じられないかもしれないが、一世一代の激アツイベントだった。
団体の威信を背負い、タイトルホルダー達が死力を尽くす… 見ている側からすると最高のエンタメだったが、やっている側のプロたちのプレッシャーは半端ない。
中でも連盟はベテランではなく中堅から若手どころを戦いの場に送り出した上「もし負けるようなことがあったら会長職を退く」と森山会長が宣言するなど、プレッシャーはマシマシ。
そのメンバーに選ばれていた寿人も例外ではなかった。
団体競技が苦手だったという自覚、初めて背負う自分以外の責任。
手は震え、汗がにじむ… こんなこと、初めてだ。
連盟の仲間には、同じく初めてプレッシャーを感じたというエースがいた。
当時の鳳凰位、勝又である。
リーチを受けた勝又の手牌。
安全牌が1枚たりとて存在しない。
が中筋くらいのもので、普通はそのを切りそうなものである。
しかし、待ち牌表示に書いてある通り、寿人の待ちはのシャンポン待ち!
勝又は
ひょいとを押してかわした。勝又も、寿人と同様にほぼノータイムである。
──勝又も寿人も、ありえないほどのプレッシャーを経験したが、連盟圧勝で幕を下ろしたとき、心の底から沸き上がる安堵と、そのさらに下から溢れてくる喜びに包まれた。
あえて将来を担う若手や中堅どころに重要な場面を任せることにより、経験を積ませる。それが連盟の方針だったのだろうか。
そして寿人はこう思い直したそうだ。
(団体競技も悪くないな)
と。
こうして
誰もが切る形になるまでは引っ張られ、そのに寿人がロン
さらにそのが裏ドラになるというオマケ付き。
コバミサ「裏3! でた伝家の宝刀!」
この裏3でトップまで満貫圏内に詰めた寿人は、オーラスに
マンガンをアガり、逆転トップを手中に収めた。
「たなぼたトップでラッキーでした」と語る寿人だが、基本に忠実な攻めと無駄な放銃をしないことが、ラッキーな現象の土台になっていたのは間違いない。
かつて団体競技が苦手だった男は、個人競技の麻雀に没頭したが、結果的に多くの人に応援されることになった。そして今はそれが原動力になっている。不思議なものだ。
おそらく寿人はこの試合のアーカイブをくまなく視聴して、勝つイメージをどんどん高めていくのだろう。
PS・4/1発売の近代麻雀誌上にて「追憶のM・佐々木寿人編」が掲載されます。今回の話よりもっと深く、もっと感動的な話になっているので、ぜひ読んで下さいね!(PSなんて単語、四半世紀ぶりに使った)
麻雀ブロガー。フリー雀荘メンバー、麻雀プロを経て、ネット麻雀天鳳の人気プレーヤーに。著書に「ゼロ秒思考の麻雀」。現在「近代麻雀」で戦術特集記事を連載中。note「ZEROが麻雀人生をかけて取り組む定期マガジン」、YouTubeチャンネル「ZERO麻雀ch」