僕は救われた 村上淳の笑顔に【Mリーグ2022-23 インターバルコラム】文・TYAS

僕は救われた
村上淳の笑顔に

文・TYAS

いっつも負けてるな、この人。

箱下で悲壮感が漂う村上淳を見て、川原さん(仮名)はそう思った。
通信会社の営業マンである川原さんは、同僚に教えて貰ったMリーグを2021シーズンから見始めた。
麻雀は大学生の時に少し触れたくらいで、点数計算もよく分かっていない。
けれど仲間内の麻雀は楽しかった記憶があるし、Mリーグは仕事終わりの電車で観るのにちょうど良い番組であった。

川原さんは今の会社に勤めて15年目になる。入社当時、川原さんの目はキラキラ希望に満ち溢れていた。様々なスキルを身につけて世の中の役に立ちたいという気概もあった。15年が経ったいま、世の中というものがある程度分かり、結局身についたスキルは上手な笑顔の作り方と涙の堪え方であった。

仕事が終わり電車に乗った川原さんは、スマホでMリーグを開いた。
リッチ——!
東4局、ちょうど村上がリーチを打っていた。リーチピンフ赤の【3マン】【6マン】待ちだ。親リーチの本田に向かっていった格好か。

枚数はほぼ互角であったが、軍配は本田にあがった。

——はい!
格式高い武道のような村上の返事が響き渡る。手牌を確認した村上は、本田の手元へ丁寧に12000点を置いた。

……今日も勝てないのかこの人。南入したあたりで電車が混んできたのでスマホをしまい、川原さんは両手で吊革につかまることに集中した。

会社員として生きていれば、何をやっても上手くいかない時期がある。川原さんは2022年度の営業成績が振るわず、会議で強めの叱責を受けた。

帰りの電車は奇跡的に座れた。浮かない気持ちのまま膝の上でMリーグをつけると、村上の手に、ドラと赤がキラキラ光っていた。
——リッチ!!

いつも通り元気よく発声した村上のリーチであったが、山に4枚残っていた【4ソウ】【7ソウ】はいつも通り元気よく他家に配られ流局した。キラキラ光っただけの手牌は寂しく卓内へ沈んでいった。

村上選手も辛いだろうな。自分は麻雀の世界も村上選手のことも深く知っている訳ではないが、いつもこんなに勝てなくて苦しいことくらいは分かる。
村上選手は2021シーズンを−384.1pで終了し、2022シーズンも未だノートップで良いところが無い。自分の営業成績が悪かったのは自分のせいだが、ただただ確率の世界で暴力を振るわれて結果を出せない村上に、川原さんは気持ちを寄せた。

「今晩、ちょっと付き合わないか?」
会議の翌日、課長に誘われた。予想通りというか、行きつけの居酒屋で4人の先輩に囲まれ、川原さんの営業成績について有難いご講和が始まった。
「……。な? もしも明日自分が死ぬと分かっていたらどうだ?後悔しないように生きようぜ。……?……。」
まくしたてる課長の横から、先輩が続ける。
「川原、後ろを向くな!人は前に進むしかないんだよ!」
「努力は裏切らない!俺がお前の歳の頃はもっと大変だったよ?……!……!」
泡が消えたビールの向こう側で、4人の話は止まらなかった。
きっと先輩たちもこうやって育てられたのだろう。

残念なことに、綺麗に飾られた言葉と武勇伝は、川原さんの内側には響かなかった。それでも、みんな自分が元気を出すように気を遣ってくれているのが分かっていたので、精一杯の笑顔を浮かべ二次会の苦手なカラオケにも頑張ってついていった。
しかし、「営業はこれだぞ!」タンバリンを片手に好き勝手踊り狂う周囲をみて、川原さんは早く帰りたいと思った。

会社員って苦しいんだな。1月末、酔客で混み合う終電で、川原さんは溢れそうになる涙を必死に堪えた。ふと頭に、いつも負けて苦しそうな表情を浮かべていた村上のことが浮かんだ。
そういえば村上選手は、どんな人生を歩んできたんだろう。コートからスマホを取り出し、何気なく村上淳という選手を調べた。

インターネット上には、村上淳が麻雀を30年以上も打ちこんできた超一流選手であることが、そこかしこに載っていた。

大学2年で最高位戦日本プロ麻雀協会入りを果たし、長くAリーグに所属している実力者であること。しかし入会から13年間タイトルが無く、辛酸を舐め続けていたこと。その後は日本オープンをはじめとした様々なタイトルを獲得し、自団体の最高峰タイトルである最高位を3度獲得していること。つい最近、幸せな再婚を果たしたこと。どれも興味深く、川原さんのスマホを動かす指は止まらなかった。

何より、それだけ麻雀の酸いも甘いも経験しているのに、チームメイトがトップを取れば手放しで喜び、自分が大きなラスを引けば控え室で人目もはばからず咽び泣くその真っ直ぐな村上選手の人柄に、川原さんは強く惹かれた。人もまばらになった最終電車は、気づけば地元の駅に着いていた。

2/14第2試合。村上は昨年から通算して、なんと22戦もトップが無い状態が続いていた。チーム状況を考えても、この日は絶対にトップが必要な日であった。

今日こそはどうか勝って欲しい。「宜しくお願いします!」どんなに負けていても、誰よりも大きな声で対局開始の挨拶をするその背中に、川原さんの村上淳を見る目はいつしか変わっていた。

東1局3巡目、村上の手牌は良かった。

引け…! 今日は電車ではなく家のテレビで応援していた川原さんは、完全イーシャンテンとなっている村上の手に願いを込めた。

しかし流局まで15巡もの間、ツモ牌は全て空を切り村上の手は聴牌することなく伏せられた。今日もまた同じか…対局中である村上の代わりに、川原さんは深いため息を吐いた。

ゲームは魚谷が先行した。捌きの難しそうな手牌を上手にまとめ、清一色を決めていた。

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