僕は救われた村上淳の笑顔に【Mリーグ2022-23 インターバルコラム】文・TYAS | キンマweb |『近代麻雀』の竹書房がおくる麻雀ニュース・情報サイト

そしてそれは、突然の出来事であった。

亜樹による、四暗刻単騎の和了。放銃したのはトップ目の魚谷である。話でしか聞いたことのない役満を目にした川原さんは、やっぱりトッププロの世界は凄いなと思った。

実はこの出来事は、村上目線で言えば追いかけるターゲットが魚谷から亜樹に変わっただけである。しかし非日常的な役満の出現と絶望的な点差を前に、川原さんはここから村上が逆転する姿が思い浮かばなかった。

南2局、村上は4000オールで2着に浮上した。これまでの展開が嘘のように、あっさりアガれた。

が、まだ2着である。いまの村上に必要なのはトップなのだ。そこへ、先ほど四暗刻を放銃した魚谷の復活をかけたリーチが襲い掛かった。

愚形残りのリャンシャンテンである村上の手牌。リーチの一発目につかんだ危険牌のが悪気なく左端に座っている。
是が非でも今シーズン初トップが欲しい状況で、真っ直ぐいくならは切り飛ばすしかない。
ただチームのことを考えると、ラスも引けない。巡目も深く流石に押せる形ではないと、村上は苦渋の決断で静かにを抜いた。

しかし、これまでずっと確率の偏りに苦しめられてきた村上に、小さな奇跡が舞い降りた。直後にが通って切れるようになり、中筋となったも通せて聴牌を確保できたのだ。

首の皮1枚繋がった村上。が通らなければ有る筈のなかった次局、村上は一発ツモの4000オールを果たした。これまで全く手が届かなかったトップの3文字がくっきりと見えてきた状況に、川原さんはテレビの前でひとり高揚した。

村上は、トップまで4800点差の2着でオーラスを迎えた。ここまで手の入らなかった小林が、最後の力を振り絞って大物手のリーチを入れた。

手材料の揃ったイーシャンテンに村上は、超がつくほどの危険牌であるをつかんだ。まじか……村上と川原さんが、それぞれ離れた場所で同時に息を呑んだ。

オーラスを迎えた村上は元々、リーチ棒が出ての3900点出アガりを強く意識していたという。ただ盤面を見る限り、このの危険度は尋常ではない。

Mリーガーの村上も、会社員の川原さんも、成績不振が続けば組織を去らなければいけないところは同じである。
それでもこの2年間、地獄のようにアタリ牌をつかみ倒してきた村上のやることはずっと変わっていない。
どんなに展開が意地悪をしても、“結果”が自分を向いてくれなくても、腐ることなく少しでも得と考えられる選択を捻り出して、泥臭くもがいているだけなのだ。

先ほど親番でプッシュを我慢した村上が、放銃すれば転げ落ちてしまう親リーチに対して、強くを打ち抜いた。

2年間つかみ続けてきたアタリ牌の数を考えれば、並大抵の胆力で押せる牌ではない。しかし明確にトップが見える手材料が自身の手にある状況で、放銃のリスクに見合うと踏んだのだ。

直後にをチーした村上の手に、果たして小林がをつかんだ。結果論で言えばをチーしなければ村上はをつかんでいたし、もしもメンゼンでから埋まれば両面待ちにとったであろうは山にいなかった。

ロン…！　これまで苦しめられた半荘の数々が、村上の発声を深いものにする。実に23半荘ぶりとなる村上のトップは、役満和了者をかわし泥まみれで得た100点差のトップであった。

「今シーズン初トップ、ここまで非常に苦しい時間が長かったかと思いますが、トップが決まった瞬間どのような気持ちになりましたか？」
インタビューでまつかよ（松本圭世）が村上に尋ねた。
「泣いちゃうかと思いましたけど、思ったより笑顔が止まんなかったですね笑」

子どものような顔で喜ぶ村上に川原さんは、笑顔は作るものではなく、内側から溢れるものだと教えられた。
この日トップをとったドリブンズであるが、セミファイナル進出は限りなく厳しいことが分かっている。
でもそんなことは後で考えれば良いと、初トップで満面の笑みを浮かべる村上の姿に、川原さんは心を打たれた。

「たくさんの人から応援されてきたんじゃないですか？」にっこりとまつかよが畳み掛ける。
「泣かせようたって、1回トップとったくらいじゃ泣かないですからね笑」

そう笑う村上であったが、その目はうっすらと潤んでいた。

生きていれば苦しいことが続く時期だってある。
それでも、自分ができることを愚直にこなして、あとは神様がほんの少し自分の方を向いてくれる日を待つしかない。
ずっと落ち込んでいた川原さんの背中をさすったのは、綺麗に飾られた周囲の言葉ではなく、同じひとりの人間として苦難にもがき苦しんだMリーガー村上淳の、等身大の笑顔であった。