中央線アンダードッグ
長村大
第16話
決勝戦が始まるまでに、いくらかのインターバルがとられた。会場を出て、少し離れた場所にある喫煙所まで行き、ロングピースに火を着ける。
予選が始まったときには、決勝まで残れるとは思ってもいなかった。なんとなく出て、運が良ければ一回か二回勝ち残れるかもしれないが、だいたいそのあたりで負けるだろう、いつものことだ。
麻雀はもちろん好きだし、巷に溢れる麻雀愛好家と比すれば、それなりに真面目に取り組んではいる。だが、上達のためになにか努力をしているかと問われれば、否、としか答えようがない。ただ好きでやっていたら、いつの間にかそれなりになってしまっただけだ。
思えば、子供時分からわりあいになんでもできる方ではあった。
勉強はまあできたし、好きでやっていた野球や水泳、スキーなどのスポーツも、その地域クラスタ内ではもっとも上手な部類に入っていたが、これらも人より努力していたわけでもない。みんなと同じにやっていただけだった。
だが、圧倒的に苦手な競技があった。長距離走である。理由は単純だ、辛くなったときに踏ん張れないのだ。頑張っていいタイムを出そうという前に、ああもういいや、と思ってしまう。
辛いことを頑張って乗り越えたり、努力ができるというのは大きな能力だ。おれは、その能力が決定的に欠けている。だから野球も水泳もスキーも、楽しいだけではない練習を課される高校の部活などに入る気になれず、そのうちに全然やらなくなってしまった。
麻雀はどうだろうか。麻雀もそれまでやってきたなにか達と同じで、結局はそれなりで終わるのだろうか。あるいは、努力なしであっさりと勝てていけてしまうのだろうか。
そんなことを考えていたら。左手のロングピースはもう吸えないくらいに短くなっていた。それを灰皿に放り投げて思う。そうだ、短くなるまで吸わなけりゃダメだ。よれよれのレインコートの襟を立てた、ジャン・ギャバンのように。わかってはいるんだ。
著名人予選から勝ち上がってきたマツダは、「天才」と称された正真正銘のプロ棋士だ。棋界で麻雀が盛んなのは知られたところではあるが、その中でも特に熱心に打っている棋士だという。麻雀専門誌にも度々登場しているので名前は知ってはいたが、実際に打ったことはない。年はおれの幾つか上だが、その差以上に場慣れはしているだろう。一見温厚そうな見た目と対照的な、眼鏡の奥の眼光の鋭さが印象的だった。
ホリエは、おれと同じプロ予選組だ。年は30代の半ば、その巨躯に見合わず繊細な打ち手であり、麻雀界きっての理論派としても知られている。いくつかの大きなタイトルも取り、すでに一流の評価を得ている打ち手である。所属団体が違うこともあり、まだ手合わせしたことはない。
最後にカジ、彼もまたプロ予選組だ。年はホリエの幾つか上で、麻雀界も長い。なにより、麻雀漫画における原作者のパイオニア的存在である。おれの家の本棚にも、カジ原作の漫画がたくさん並んでいる。T書房の仕事などで世話になることも多く、また、プライベートでも何度も打っている相手でもあった。理論にももちろん明るいが、どちらかというとエンターテイメント寄りの雀風であった。
「それでは、開始してください」
係の声が響いた後、お願いします、の挨拶が終わるか終わらぬかのうちに、起家のプロ棋士・マツダがサイコロを振る。南家がおれ、以下ホリエ、カジの座順である。
配牌を取る。
大勢のギャラリーに見守られているが、声を発する者はいない。ただ、カメラマンがシャッターを切る音だけがやけに大きく聞こえた。やや、緊張していることを自覚する。
親のマツダが、早い2900を仕掛けてアガった。放銃に回ったのはカジ。
少し、ホッとした。
なんとなく、慣れる時間が欲しかったのだ。小さい点棒移動で、局も進まないのは嬉しかった。
一本場、ドラ。下家のホリエからリーチの声がかかる。
それを受けたおれの手はこうなっていた。
ツモ
愚形だらけのリャンシャンテン、素直にオリにまわった。
ところが数巡して、安全牌に窮する。
ツモ
リーチ者の捨て牌はこの時点で
となっている。
マンズとソーズはなにも通っていない。スジを追ってか、ション牌のを切るくらいしかないように思えた。
ではどちらを切るか。が場に4枚見えているので、ペンチャン待ちはない。はどちらも手出しだったので、カン待ちもなさそうだ。からとは切るまい。
シャンポン、タンキはどちらを切ってもあり得る。であれば、2枚持っているの方が安全か。チートイツとしてもタンキではリーチまでは行きづらいだろうが、なら十分可能性がある。
打とした。