中央線アンダードッグ 第24話【長村大 連載小説】




中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第24話

 

競技麻雀プロにおいて、リーグ戦は本場所と言える。各種タイトル戦は、予選も本戦も決勝も半荘数回単位で行われることがほとんどだ。ならばそのシステムで勝ちやすい戦い方をしなければならないし、それがうまい奴も存在するのだが、やはり回数が多いほど実力差が出やすいのもまた事実だ。

もちろんリーグ戦とてたかが4~50回程度、実力通りの結果が出るわけではない。だが、1回より10回、10回より50回であり、少しでも多いほうがマシな結果が出やすいことにはなる。

単純に楽しい、というのもあった。フリー雀荘というのは、基本的に終わりのないゲームだ。今日勝った負けたはあるにせよ、明日の1回目は今日の21回目であり、そこに境目はない。決められた人数で決められた回数を戦って勝敗を決める、ということ自体がおもしろかった。

 

おもしろかった、のだ。最初の頃は。

 

麻雀プロは基本的に、なにがしかの仕事をしている。雀荘の経営者や従業員が多いが、普通のサラリーマンも大勢いる。おれのように出版業界で食っているものもいる。麻雀プロは職業ではない、どちらかと言えば資格に近いものであり、それで食えるという性質ではないのだ。

言うまでもなく、麻雀プロが麻雀打つだけで食えればそれに越したことはない。だが、現実的に、恒常的に麻雀プロに金を出すスポンサーなど存在しなかった。単発で大会などのスポンサーが現れることはあっても、結局はそれ止まりだ。

各プロ団体の運営も基本的には会員から年会費を集めて、そこから費用を捻出する形を取らざるを得ない。それ以外に収入がないのだから。

 

この頃業界内部でお題目のように言われていたのが「囲碁や将棋の世界を目指す」というせりふであった。そのためになにをするか。まず行われていたのが「見た目をちゃんとする」であった。

つまりネクタイ着用の義務である。こんなバカげた話があるだろうか。「人が見てるのだからちゃんとした格好をしろ」というならわかる。だが、当時の対局など、たとえAリーグだとしてもほとんど観戦者などいなかったのだ。「ちゃんとした格好してれば誰か見に来る」なんてことがあるはずもない。

そもそも服装の義務化も「決めがないととんでもなく汚え恰好で来る奴がいる」という、あまりにも情けない理由で決まったようなものでもあった。

会としての営利活動はほとんどないに等しく、かといってスポンサーを集めるために営業をかけるわけでもない。「囲碁や将棋のように」のお題目だけがむなしく宙を漂っていた。

 

なにより肝心の人間たち、つまりプロそのものがそれで良しとしているようなところがあった。今は報われないけど、その報われない世界でも俺たち一所懸命麻雀打ってる、いずれ誰かが認めてくれるだろう。そんな夢みたいな話があるわけがない、彼らとて薄々は気付いている。だが気付かないふりをしているのだ。「そんなことがない」を認めてしまったとたん、自分がただのしがない雀荘従業員であることをも自覚せねばならない。職業に貴賤はない、雀荘従業員も立派な職業なのだが、彼ら自身がそれを認めたくないのだ。

 

リーグ戦などの対局終了後に、飲み会がある。おれはあまりそういう場所が得意ではなかったが、何度かは顔を出したことがあった。たいていは対局場近くの安居酒屋、しかもこの世に存在する居酒屋の中で最悪のドブみたいなところで飲むのだが、そこで繰り広げられる会話もまた、場所に似つかわしい最悪のドブであった。

この場にいない人間の悪口、他団体の悪口、いかに自分の職場の条件が悪いか、勝った自慢負けた自慢。

「マンズが12334……」もちろん麻雀そのものの話にも余念がない。ヘタクソ同士でそんな話しても意味ないだろ、と思うのだが、まあ必ずと言っていいほど見られる光景であった。

 

「いやだから、この形だったんだよ」

もう顔も思い出せない誰かが、ペンを取り出す。牌姿を書こうというのだ。それだけでもうんざりする景色だが、彼はなんと自分の前に置いてある箸袋につらつらと書き始めた。

 

……箸袋!

 

こんな恥ずかしい場面があるだろうか。せめてメモ帳くらい持っていないのか、いや持っていてもやめてくれ。これを恥ずかしい行為だと思わない、それがおれには理解できない。

「いやでもさ、おれだったら」

「でもドラがこれで」

しかもそれを回し読みして議論をしている。とても正気とは思えなかった。

 

小汚い箸袋がだんだんこちらのほうに向かってきたので、おれはもういたたまれなくなって「お先に失礼します」と小さい声で言って、足りなくはないだろう金額を置いて外に出た。

 

空を見上げても星も見えない、排ガスまみれの空気がこんなにおいしいと思ったことはなかった。それ以来、数少ない気の合う連中と飲む以外は、飲み会に顔を出したことはない。

 

 

第25話(6月29日)に続く。

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長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
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