中央線アンダードッグ 第29話【長村大 連載小説】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第29話

 

新しく入ったカワシマは変わった男であった。いや、変わり者といえばバベルの人間はみな変わり者ではあるのだが、それともすこし性質を異にしていた。

見た目はごく普通の若者である。どちらかといえば育ちの良さがうかがえる、好青年といえるだろう。

もちろん麻雀も打てる。プロではないが、フリー雀荘で普通に打てるレベルではあるし、点数計算なども問題なかった。また、仕事の面でも、文章は上手であったし企画力もあった。

なにより、バベルの低賃金や無秩序な労働環境にも、特に不満を漏らすこともなく、楽しそうに仕事をしてくれるのは助かった。編集者など外部の人間のウケも悪くなかった。

 

しかし、である。

こんなことがあった。

衛星放送で、新しい麻雀番組を立ち上げることになった。バベルは企画書レベルから参加しており、会社としても総力を挙げて取り組むべき仕事であった。出場者も決まり──その中にはおれも入っていたのだが──、収録スタジオや日程の調整も済んで、収録日まで二週間を切ったころであろうか。そのチャンネルではいつも実況をつとめているプロのアナウンサーが、急遽入院することになってしまった。命に別状があるような病気でなかったのは不幸中の幸いではあったが、さてどうしよう、ということにはなる。

麻雀の実況というのは意外と難しく、まずそれなりに麻雀を知っていなければならない。そこがないと解説に振る質問なども的外れになってしまい、それはそのまま視聴者のストレスとなる。また、当時は麻雀そのもののイメージも今よりだいぶグレーであり、なかなか条件の合うアナウンサーはいなかった。

制作会社のプロデューサーやディレクター、我々で話し合いをしている最中に、急にカワシマが声をあげた。

「あの、実はボク、元NHKアナウンサーのカワシマ〇✕の孫なんですよ」

「え!?」

おれは知らなかったのだが、一回り年上のカジや制作会社の連中はこぞって驚いており、どうやら著名な人物であるらしい。

「たぶんアナウンサー関係のプロダクションにもある程度コネがあると思うので、ちょっと聞いてみましょうか?」

驚いているみなを前に涼しい顔でカワシマが言う。

とりあえず妙案もない、制作会社もこちら側はこちら側で探してみるのでカワシマさんのほうでもお願いします、ということになった。

 

打ち合わせ帰りの道中、カジがカワシマに聞いた。

「カワシマくん、あのカワシマさんの孫だったんだ」

「ああ、言い忘れてました。そうなんですよ」

「ふーん、凄いな……。とりあえずそっちの線、悪いけどちょっと当たってみてよ」

 

ところが、三日たっても四日たっても、カワシマはなにも言ってこない。だがなにしろ時間がないのだ、業を煮やしたカジがカワシマを問い詰めた。

「例の件、どうだ?」

「ああ、おじいちゃんに聞いてみたんですけど、やっぱりもう引退してだいぶ経ってるので難しいみたいですねー。アハハ」

笑っている。カジが珍しく語気を強めて言う。

「それならそれで早く報告してよ! 時間ないんだから!」

「あれ、言いませんでしたっけ? すいませんすいません」

まるで悪びれる風もないカワシマに、カジも怒る気が失せたようであった。

「しかし参ったな、どうしようか」

「いい案を思いつきました! おれがやればいいんですよ」

事務所にいる全員、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになった。

「最初に言ったじゃないですか、ボク、放送研究会だったんですよ」

 

恐ろしいことに、その案が採用されてしまった。もうスケジュール的にプロを雇うのは難しいことに加え、放送研究会出身で有名アナウンサーの孫というバイアスがかかったのは間違いないだろう。

 

練習をする時間もほとんどないままに、しかし無情にも本番当日はおとずれる。

プロではない、発声など技術的な面は仕方がない。織り込み済みでもある。だがそれにしても「噛み」すぎだし、人名やら何場何局やら点数状況やらの間違いも頻出した。ありていに言って、散々な出来であった。

制作会社にも謝らなければならないか、とはいえさぞや本人も落ち込んでいるだろうと思っていたところ、ブースから出てきた本人の第一声は

「どうでした? そんなに悪くなかったでしょ?」

というものだった。

「いや、うーん、正直に言えば大学の放送研究会でアナウンサー的なこともやってたっていうからもうちょっと……」

カジを遮ってカワシマが言う。

「放送研究会じゃないですよ、高校のとき放送部だっただけですよ」