という噂を聞きつけ、見ず知らずの人の病室に押し掛けたことがある。通常の人間であれば警戒し迷惑がるだろう。赤の他人に病室に突撃されるなんてことがあったら色々なところを病みそうだ。しかしそんなことはなかった。
小指を折ったイケメンとは百恵ちゃんのお父さんだった。
親子二代揃って馴れ初めがイカれている。
しかし、おばあちゃんの頭がしっかりしていて順当に豆腐屋さんと結婚していれば百恵ちゃんは生まれてこなかった訳だし、お父さんの警戒心がガバガバだったことにも感謝しなければならない。
アイデンティティ
「飲んだら乗るな、男とクルマ!!」
と、標語になりそうで絶対ならないであろうフレーズを作り出し狂ったように叫んでたお姉ちゃんにはたくさんのことを教わった。
ハリーポッターの本は凶器になること、怒られた時は頭がおかしくなったふりをすると相手が日和ること、笑いを堪える時は床の木目を数えるといいことなど今の百恵ちゃんのアイデンティティは様々なお姉ちゃんの教えによって確立された。
お姉ちゃんは生粋のサディストだった。
そして4歳下の妹である百恵ちゃんは恰好のオモチャだった。
一時期ふたりで毎晩マリオパーティーをやっていたことがあった。しかし年の差もあり百恵ちゃんは全く歯が立たなかった。いつも負けてしまうのが悔しくて昼間に練習を重ねた。たゆまない努力の結果、一度だけ勝つことができた。嬉しくて嬉しくて飛び跳ねて喜んでいるとお姉ちゃんが急に馬乗りに跨ってきて首を絞めてきた。たかがマリオパーティーで負けただけでこの怒り様なのだ。
その後毎晩
“接待マリオパーティー”
が開催されたのは言うまでもない。目上の人は敬わなければならないのである。
お姉ちゃんは百恵ちゃんの悲しい顔や我慢している顔が大好きだった。
ある時お姉ちゃんは
“鉛筆の先で顔を刺すフリをしてビビってる顔を見て楽しむ”
という近年稀にみる鬼畜な遊びを作り出した。今考えるとよく一般社会に溶け込んだな、と思う。
その遊びが最初は怖くて仕方なかったが本当に刺すつもりがないことがわかると段々腹が立ってきた。その頃には百恵ちゃんはバカみたいな接待マリオパーティーにも虐げれることにもうんざりしていたのだ。
いつものように鉛筆を刺すフリをしてきたお姉ちゃんに対して顔を背けず勇敢に立ち向かった。お姉ちゃんの小さな「えっ」という言葉と共に鉛筆は百恵ちゃんの眉間に刺さった。
一瞬の静寂のあとお姉ちゃんの絶叫と刺さったままの鉛筆と百恵ちゃんの眉間から流れる血。
眉間から鉛筆を生やしユニコーンの様になった百恵ちゃんをみてお姉ちゃんは泣きながら謝ってくるかと思いきや出てきた言葉は
「おかあさんにだけは言わないでぇ。。」
だった。この後に及んで保身に走るクズっぷりだった。しかしこの事件をきっかけにお姉ちゃんは大人しくなり百恵ちゃんの人権が確保された。眉間にはその時の鉛筆の芯がまだ埋まっている。
そして大人しくなったお姉ちゃんは百恵ちゃんのその後の人生を大きく左右する教えを説いてきた。
『本を読め。そしてお酒と麻雀を嗜められる様になれば社会でうまくやっていける』
と。
ふざけているのか真面目なのかよくわからなかったが妙に納得しこの言葉がきっかけで
18歳の夏、
百恵ちゃんは「麻雀」と出会うことになる。
次回は12月19日(木)午前0時更新予定‼︎
【田渕家登場人物紹介】
・父 コージ:元陸上自衛隊幹部高卒ながら佐官まで登り詰めるも「髪型が奇抜すぎる」という理由で100年に1度あるかどうかの異動の内示取り消しをされた経験がある。現在は三度目の暖かな家庭を築いている。
・母 イクコ:美容師。美容室を自宅で開業するもパチンコにハマり開店休業状態を約20年続けた猛者。おそろしいほど料理が下手。ツーブロックにしたことがある。近況を知らせる連絡では年下のペンキ屋さんとお見合いをしたらしい。
・姉 タエ:無職。1度も定職に就いたことがなく家賃を滞納してはクビが回らなくなりお父さんに払ってもらいに帰ってく るお調子者。過去に大きな交通事故に遭いウン百万円もの保険金を手にするが全てホストクラブに費やした経験がある。
・エリー:田渕家の飼い犬。詐病のプロ。足をひきずったり弱ったふりをしては人間に甘やかしてもらう。動物病院で『至って健康』という診断をされるとそれまでの弱りっぷりを忘れ、凛々しい顔で帰ってくる。趣味は父の顔に噛みつくこと。オスだが思いつきでエリーと名付けられた。
・マイちゃん:母親同士が同じ美容師で仲が良く、物心がつく前から一緒にいた幼なじみ。かなりの美人だが偏差値は2くらいしかない。現在は3人の子供を産み働きながら育てているが一度も結婚したことはなく、更に子供たちは全員父親が違うという斬新なファミリーを築いている。そして最近ロシア人の子供を産んだばかり。
北海道出身。最高位戦日本プロ麻雀協会40期。座右の銘は「ビールは一日3リットルまで」。『近代麻雀』でも同コラムを連載中!