わたしの遺伝子とアイデンティティの秘密…女流プロ雀士【百恵ちゃんのクズコラム】VOL.8

わたしの遺伝子と

アイデンティティの秘密…

女流プロ雀士

【百恵ちゃんのクズコラム】

VOL.8

前回までの「百恵ちゃんノート」

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このコラムを見たという小学校の時の同級生である“ロクさん”からTwitterを通じて連絡が来た。アカウントも知らなかったし当時もほとんど交流はなかったが百恵ちゃんの記憶力は化け物級なので彼のことはよく覚えていた。

ロクさんは当時から賢く、また無口だったため小学生にしてかなりの貫禄があり、同級生や先生たちからもさん付けで呼ばれていた。
そんなロクさんが小学校の夏休みの自由研究の発表の時間に空き缶と空き瓶のゴミを並べて

 

「楽器をつくってきました」

 

と言い張った。
その時点で百恵ちゃんは笑いそうになったのだがロクさんは極めて真面目な子だったので百恵ちゃんを含め教室中が固唾を飲んで見守っていた。
するとロクさんは空き瓶の口に息を吹きかけ

「フゥーフゥー」

という小さな小さな音を鳴らしはじめた。百恵ちゃんは限界だった。ロクさんがゴミどもに片っ端から息を吹きかける度に体をつねり、笑うのを我慢した。


(イラスト・百恵ちゃん/ノートの切れ端に描いたその時の様子)

百恵ちゃんは小学生にして絶対に笑ってはいけない雰囲気というものを感じ取り耐えることを学んだのだ。

そして当時、小さな声でゲーム会社に就職するのが夢だと語っていたロクさんだったが現在はゴリゴリの自衛官になったらしい。児童会長を務めていた百恵ちゃんは麻雀プロになっているし人の人生とはわからないものだ。

そしてそんなロクさんがインターネットの海で百恵ちゃんのコラムを見つけTwitterのアカウントに辿り着いたのだ。やはり人生は何があるかわからない。

 

遺伝子

普通の家のおじいちゃんとおばあちゃんがどんな様子なのかはわからないが、百恵ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは胸を張って変わっているといえる。百恵ちゃんの先祖なのだから当たり前っちゃ当たり前であるが。

父方の祖父母は九州にいるため、なかなか会う機会がなかったが母方の祖父母は同じ北海道の長万部町というところに住んでいた。同じ北海道といっても片道を車で6時間程掛かったが、百恵ちゃんはおじいちゃんとおばあちゃんが大好きだったので夏休みや冬休みといった長期連休には必ず遊びに行っていた。

百恵ちゃんのおじいちゃんは今で言うヒモ、ニートのような人のだった。

 

「人の下で働きたくない」

 

という立派な信念の元、一瞬布団屋さんを経営していた以外は働かずに生きてきた。

母は三人兄弟で五人家族だった。
三兄弟を育て、働かない大黒柱を支え続けたのは他でもないおばあちゃんだった。
しかしおばあちゃんには手に職がある訳でもなく早朝から漁港の手伝いに行き、昼からはドライブインで働き、その合間に家事や育児をこなしていたのだ。おじいちゃんのせいで本当に大変な人生だったと思う。

毎日おじいちゃんにブツクサ文句を言ってるおばあちゃんになぜ働かないおじいちゃんと結婚したかを尋ねたことがあった。

おばあちゃんは若い頃、東京の上野の旅館に働いていたらしい。おじいちゃんに初めて会った時は北海道にいる兄弟を訪ねた時でその時おじいちゃんは酒場、今で言うBARのようなところで誰とも話すことなく一人でお酒を呑んでいたそうだ。周りからも変な人扱いされていたようで、おばあちゃんは

 

“働きもしないで酒を呑むどうしようもない人”

 

と人伝に聞いたらしい。
ただその時はおばあちゃんとおじいちゃんが話すことはなかったそうだ。

そしてその三年後、おばあちゃんに『山梨の豆腐屋の息子』との縁談が来た。

豆腐屋との縁談をおばあちゃんは受けることにした。その報告を兄弟にするため北海道に行った訳だが、三年の時を経てもなお、おじいちゃんはまだ同じ酒場で酒を呑んでいた。もちろん独身ニートのままである。
その時に興味本位でおじいちゃんに話しかけると身の上の不幸を話され世話焼きなおばあちゃんは感情移入してしまったらしい。そう、おばあちゃんはダメ男に弱かったのである。こうしておばあちゃんは豆腐屋との縁談を断り、おじいちゃんと結婚した。

おばあちゃんは

 

「あれが運の尽きだった。豆腐屋と結婚しとけばよかったわいっ」

「とうさんの顔さえ悪けりゃ豆腐屋に嫁いだんだけんどねえ」

 

と言っていた。

そしてこの面食いの血はしっかりと受け継がれた。

おばあちゃんの娘である百恵ちゃんのお母さんは

 

“足の小指を折って入院しているイケメンがいる”

 

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