旦那&ヴィッツとの別れ、
そして新生活へ…
“百恵ちゃん、
地獄の期間工時代編”
【百恵ちゃんのクズコラム】
VOL.29
お引越し
無事に離婚をすることに成功した百恵ちゃんは短い結婚生活を送ったアパートを離れた。
最後に部屋を出るときに、せめてもの仕返しに隠し借金の一端を担った高級服のうちの一枚である5万円もするTシャツのスワロフスキーでできているというドクロの部分の装飾を指で引きちぎった。
百恵ちゃんはこのドクロシリーズの服が大嫌いだった。工場で一生懸命働いたお金がドクロシリーズの借金を返すために流れていると思うと無性に腹が立って仕方がなかったのだ。なにより夜でもキラキラと光っているドクロが最高にダサいと思っていた。
それ以来、今でも百恵ちゃんはドクロの服を着ている人に対して疑ってかかる様にしてる。
そんな陰湿な仕返しをした百恵ちゃんが引っ越した先は元のアパートから車で2分の場所にあった。
部屋選びにも隙がない百恵ちゃんは3週間検索サイトに張り付き、築浅の1LDKバストイレ別駐車場付きで家賃が3万7000円、敷金礼金なし家賃1ヶ月サービスという超優良物件を引き当てることに成功した。窓の外は海という素敵な部屋だった。
引っ越しにはお父さんとお姉ちゃんとシャチョポンが手伝いに来てくれた。お姉ちゃん達は買い物に行った先のホームセンターで唐突に犬を買っていた。ここで買ったティモシーという犬はあまりのアホっぷりに犬の学校に通わせなければない程だった。
そしてお父さんに家電一式を揃えてもらい、新しい生活がはじまった。
海の目の前に家があったため、昼間は照り返しが眩しかったり波の音がうるさかったり霧が濃い朝の日には船の汽笛で起こされるという支障もあったが、起こされた瞬間に寝ぼけながら4万円の遮光1級防音防炎の高級カーテンをネットで買い、痛い出費だったがことなきを得た。
海が近いからなのか頻繁にダンゴムシが出てその度に大騒ぎをしていたがダイレクトに掃除機で吸うという技術を身につけてからは快適な日々を送った。また住みたいな、と今でも思う。
ただアパートの名前が『苫小牧マリン館』という最高にダサい名前だった。
絶対に変えた方がいいと思う。
アクアちゃん購入
工場でコツコツ働きながら一生一人で生きて行こう。そう心に決めた百恵ちゃんは自分を律する為に新車を買った。
それも自分の作業しているラインで製造しているハイブリッドの車を買った。
新車のローンで自分自身を羽交い締めにして仕事を辞めさせない作戦だったのだ。
それにクソダサいヴィッツで通勤することに心底嫌気がさしていた。車工場の従業員は車を愛する人が多く、更に年収も高い為、ほとんどの人が高級車に乗っていた。駐車場で
【高級車高級車ヴィッツ高級車高級車】
という様に囲まれるたびに百恵ちゃんの自尊心が削られていたのだ。
かくして百恵ちゃんは新車のアクアちゃんをゲットした。
自分で作ったかもしれないエンジンが搭載されてると思うと嬉しかった。北海道と愛知に二ヶ所のラインがあり、それぞれ2交代で製造しているため4分の1の確率で自分の作った物ということだった。ボンネットを開けて見たらすぐわかるということで先輩達が夜勤明けに調べてくれた。
百恵ちゃんのアクアちゃんのエンジンは紛れもなく愛知県で作られた物だった。
それでもアクアちゃんへの愛情が減ることはなく、休日には洗車しにいったり、ドライブに行くなど何かにつけて乗り回していた。
ある日、普段あまり人が歩いていることがない道で自転車に乗った変な老人に通せんぼされ、
「お前今ウィンカーあげてなかっただろう!降りろ!」
と恫喝されたことがあった。
「俺は元警察官だぞ!」
と怒鳴られ名刺を見せられた。
「車の中を見せろ!」
と言われ運転席を乗っ取られ、そのまま出発しそうな勢いだったが最新の車の運転の仕方がよくわからなかったのかアクセルを踏むも「ヴォーン」と鳴ったままアクアちゃんは動かなかった。
そこでやっと怪しいな、と思い怖くなった百恵ちゃんは
「通報します通報します通報します」
と狂った様に繰り返し運転席を奪還に成功し逃げた。
ちなみにウィンカーはあげていなかった。
この日、百恵ちゃんはウィンカーをあげることの大切さを学んだ。
次回は5月14日(木)午前8時更新予定‼︎
【田渕家登場人物紹介】
・父 コージ:元陸上自衛隊幹部高卒ながら佐官まで登り詰めるも「髪型が奇抜すぎる」という理由で100年に1度あるかどうかの異動の内示取り消しをされた経験がある。現在は三度目の暖かな家庭を築いている。
・母 イクコ:美容師。美容室を自宅で開業するもパチンコにハマり開店休業状態を約20年続けた猛者。おそろしいほど料理が下手。ツーブロックにしたことがある。近況を知らせる連絡では年下のペンキ屋さんとお見合いをしたらしい。
・姉 タエ:無職。1度も定職に就いたことがなく家賃を滞納してはクビが回らなくなりお父さんに払ってもらいに帰ってく るお調子者。過去に大きな交通事故に遭いウン百万円もの保険金を手にするが全てホストクラブに費やした経験がある。
・エリー:田渕家の飼い犬。詐病のプロ。足をひきずったり弱ったふりをしては人間に甘やかしてもらう。動物病院で『至って健康』という診断をされるとそれまでの弱りっぷりを忘れ、凛々しい顔で帰ってくる。趣味は父の顔に噛みつくこと。オスだが思いつきでエリーと名付けられた。
・マイちゃん:母親同士が同じ美容師で仲が良く、物心がつく前から一緒にいた幼なじみ。かなりの美人だが偏差値は2くらいしかない。現在は3人の子供を産み働きながら育てているが一度も結婚したことはなく、更に子供たちは全員父親が違うという斬新なファミリーを築いている。そして最近ロシア人の子供を産んだばかり。
北海道出身。最高位戦日本プロ麻雀協会40期。座右の銘は「ビールは一日3リットルまで」。『近代麻雀』でも同コラムを連載中!