「おしりが小さくなるよ…」
百恵ちゃんと
ギャンブルへの誘惑
【百恵ちゃんのクズコラム】
VOL.22
卒業式
百恵ちゃんは学校でほとんど泣いたことがなかった。
泣いた記憶といえば、黒板を引っかく音が苦手で引っかくフリをされるだけでも泣いていたくらいだ。高校生の頃、嫌がる百恵ちゃんをおもしろがってあろうことか社会科の先生が黒板を引っかいたことがあった。その瞬間に大号泣し、先生も焦ったのか
「高い音に過敏に反応する子は感受性が強いんだよ」
という訳のわからないフォローをしだし、余計イライラして泣いたのを覚えている。
覚えているのは本当にそれくらいで百恵ちゃんは卒業式すら泣かなかった。
小学校の時の卒業式の卒業生が一人一人言葉を覚えて叫ぶイベントでは、百恵ちゃんの前のターンだったタムラ君が
「つちけむりをあげて走った運動会」
というフレーズに対し、滑舌の悪かったタムラ君がどうしても
「とぅてぃケムリ」
と言ってしまう為、百恵ちゃんは笑ってしまわぬ様に最大限の警戒態勢で挑んでいた。
そしてその頃百恵ちゃんは優等生そのものだった為、卒業生代表として答辞を読まなければならなかったので感動どころではなかった。
何故卒業式で泣けるのか、百恵ちゃんは全く理解できなかった。
じっと座っていることが一番苦痛に感じるタイプの子どもだったため、一人一人呼ばれて賞状を受け取るという地味な作業を見届けなければならないのがとても苦痛で
「早く終われ」
と思っていたし、こんな狭い田舎で出掛ければ嫌でも誰かに会うのにまるで今生の別れの様に泣いている友達が不思議で仕方なかった。
ちなみに放任主義だったため、小中の卒業式には田渕家の人間は誰一人来なかった。百恵ちゃんも百恵ちゃんで家族が変人なのはできるだけ隠していこうという方針だったので学校行事に来て欲しいと思ったことは一度もなく、それでいいと思っていた。
中学校の卒業式にも一応出たがやはり何も感じなかった。むしろ終始不機嫌だった。朝イチに担任の先生に職員室に連行され髪の毛をカラースプレーで黒くさせられていたからだ。それまで見て見ぬフリをしてくれていたのに卒業式だからという理由でなかば強制的に黒髪にさせられた。百恵ちゃんの芸術的な髪色を保護者どもに披露してやる、と思っていたのにそれは叶わなかった。
百恵ちゃんは何故そんなに卒業式に思い入れがなかったのか。簡単だ。
あまり学校に行っていなかったからだ。
ギャンブル
意外に思われるかもしれないが百恵ちゃんはパチンコや競馬、競艇といったものが苦手だ。
特にパチンコ・スロットだけは今後一切手を出さないと決めている。
なぜなら、百恵ちゃん以外の田渕家の人間がどっぷりハマっている所をずっと見てきたからだ。
小学生の頃からパチンコ屋さんが23時に閉まることは知っていたし、何か困ったことがあるとパチンコ屋さんに行っていた。
お母さんと車で出かけている時にポンコツなお母さんは長年の癖のせいか何度も行き先を間違えてパチンコ屋さんに到着してしまっていたのでよく行くパチンコ屋さんは特定できていた。
そしてそんな血をしっかり受け継ぎ、パチンコにどハマりしたお姉ちゃんは百恵ちゃんを何度もそちらの世界に引きずり込もうとしていた。
「パチンコにハマるとずっと座っているからおしりが小さくなるよ」
という意味のわからない説得をしてきた時があり、当時大きなおしりがコンプレックスだった百恵ちゃんはその時こそかなり気持ちが揺れたがそれでもやっぱりなびかなかった。
ある時千円だけ入れて遊ぶ
『千円勝負』
という遊びが流行り、百恵ちゃんも巻き込まれてしまった。お姉ちゃんの隣で渋々スロットを打っていたのだが全く知識がなかったため当たっていることに気付かず、そのままボタンを押し続けているとそれに気付いたお姉ちゃんが血走った目で
「バカかオラァ!!!」
とボタンを奪っていった。百恵ちゃんはとても怖い思いをし、やはり田渕家の人間である以上こういったものに手を出してはいけないな、と思った。
そして現在でも田渕家の人間はパチンコに勤しんでいる。お父さんとお母さんは既に離婚していて一切連絡をたっているのにも関わらず、時々パチンコ屋さんでエンカウントしてしまうらしい。双方からお互いのパチンコ屋でのどうでもいい目撃情報が入ってくるのだ。
百恵ちゃんはやはり血筋的にパチンコやスロットはしない方がいいと思うのだ。
次回は3月26日(木)午前0時更新予定‼︎
【田渕家登場人物紹介】
・父 コージ:元陸上自衛隊幹部高卒ながら佐官まで登り詰めるも「髪型が奇抜すぎる」という理由で100年に1度あるかどうかの異動の内示取り消しをされた経験がある。現在は三度目の暖かな家庭を築いている。
・母 イクコ:美容師。美容室を自宅で開業するもパチンコにハマり開店休業状態を約20年続けた猛者。おそろしいほど料理が下手。ツーブロックにしたことがある。近況を知らせる連絡では年下のペンキ屋さんとお見合いをしたらしい。
・姉 タエ:無職。1度も定職に就いたことがなく家賃を滞納してはクビが回らなくなりお父さんに払ってもらいに帰ってく るお調子者。過去に大きな交通事故に遭いウン百万円もの保険金を手にするが全てホストクラブに費やした経験がある。
・エリー:田渕家の飼い犬。詐病のプロ。足をひきずったり弱ったふりをしては人間に甘やかしてもらう。動物病院で『至って健康』という診断をされるとそれまでの弱りっぷりを忘れ、凛々しい顔で帰ってくる。趣味は父の顔に噛みつくこと。オスだが思いつきでエリーと名付けられた。
・マイちゃん:母親同士が同じ美容師で仲が良く、物心がつく前から一緒にいた幼なじみ。かなりの美人だが偏差値は2くらいしかない。現在は3人の子供を産み働きながら育てているが一度も結婚したことはなく、更に子供たちは全員父親が違うという斬新なファミリーを築いている。そして最近ロシア人の子供を産んだばかり。
北海道出身。最高位戦日本プロ麻雀協会40期。座右の銘は「ビールは一日3リットルまで」。『近代麻雀』でも同コラムを連載中!