そんなことはない、思いは十分伝えてもらえたと思う。
本田は、憔悴しきった様子だった。
物議を醸した放銃も、自身では現物に気づいていなかったという。
「途中で頭がぼーっとしてきてミスを連発して、切り替えようと思っても切り替えられませんでした。頭が働かなくて、これだけミスしていたら負けて当たり前、という感じです」
そう話す本田の傍らには、高そうな栄養ドリンクの空き瓶があった。
そんなものでは到底補えないほど、麻雀最強戦ファイナルという舞台は人を消耗させるのだろう。
その重圧は、あの卓に座ったことのある者しか知り得ないことだ。
今年の麻雀最強戦にも、いろいろなドラマがあった。
そのほとんど全てを見守ってきたのが、アシスタントを務めた天木じゅん。
この1年は自身でも麻雀最強戦予選に参加するなど、積極的に麻雀に携わり続けてきた。
「麻雀が好きとは言え、知識が全然なかったことを痛感しましたけど、いろいろなことを教えていただいて、すごく成長させてもらえました。プロの方々の麻雀魂みたいなものもたくさん感じましたし、これからも麻雀を続けて、麻雀関係のことをやっていきたいと思っています」
彼女のようなビギナーの方をも虜にする魅力が、この舞台にはある。
最強位・多井隆晴の後ろには、2万人の敗者がいる。
その中の一人が、この日解説を務めた魚谷侑未だ。
当然、打ち手として触発されたところはあるだろう。
「一番強い人が勝ったと思いますし、来年は自分も挑戦権が得られるように頑張りたいです」
そして、自身と同様来年の最強位を目指すアマチュアにも、エールをくれた。
「出なければ勝ちはありません。挑戦することは何回もできるので、ぜひやるだけやってみてほしいと思います」
最後に、今年の麻雀最強戦を盛り上げた立役者の一人の「声」をお届けしたい。
1年間実況として対局を盛り上げた、日吉辰哉である。
ファイナルは喉の手術を控えた身でありながら、薬を飲み続けて症状を抑え、持てる全力を尽くした。
日吉は1年間を振り返り「終わったという意味での充実感はありましたけど、すごくいいものが提供できたかは分からない」と感想を語る。
日吉にとって、プロになろうと思うきっかけとなったのが麻雀最強戦だったという。
それだけに、この大会への思いは強い。
「日吉が担当するようになって、地方予選にたくさんの人が出るようになってほしいし、そのつもりでやっている」
エゴかもしれないが、と前置きして、日吉は自身の願いを語った。
筆者も、2万人の敗者のうちの一人である。
敗れた麻雀の内容に関して後悔するところはあるが、敗れたことに関しての後悔はない。
打っている途中、そして負けを振り返っているときも、心は充実していた。
言葉にできない、麻雀最強戦の魅力。
今年はそれを書き手としてだけではなく、打ち手としても肌で感じられたと思っている。
麻雀最強戦は、見ているだけでも非常に楽しい。
ただ、あの戦いを実際に経験することで、見え方はさらに大きく変わってくる。
願わくば一人でも多くの方に、より麻雀最強戦を体で味わってみてほしい。
多井は「たかちゃんねるで祝勝会配信をやる」ということで、取材を終えると夜の闇に消えていった。
数万人のターゲットとなったその背中は、今まで以上に大きく、強く見えるようになることだろう。
多井隆晴プロの取材内容については、また別の形でお届けしていきます。
ご期待ください。
さいたま市在住のフリーライター・麻雀ファン。2023年10月より株式会社竹書房所属。東京・飯田橋にあるセット雀荘「麻雀ロン」のオーナーである梶本琢程氏(麻雀解説者・Mリーグ審判)との縁をきっかけに、2019年から麻雀関連原稿の執筆を開始。「キンマweb」「近代麻雀」ではMリーグや麻雀最強戦の観戦記、取材・インタビュー記事などを多数手掛けている。渋谷ABEMAS・多井隆晴選手「必勝!麻雀実戦対局問題集」「麻雀無敗の手筋」「無敵の麻雀」、TEAM雷電・黒沢咲選手・U-NEXT Piratesの4選手の書籍構成やMリーグ公式ガイドブックの執筆協力など、多岐にわたって活動中。