「爪痕を残そうとか、そういう欲は全然ないんです。ただ、満足した麻雀を打ちたい。その上で運を天に任せる資格がほしい、というくらいです。ただそれは、しっかり準備して、最高の麻雀を打った人しか言ってはいけないセリフだと思います。それを言える資格を持ちたいと思ってやってきました」
結果をほしがり、結果に見放された数年間を経て、新井がたどり着いた境地。
果たして、結実するのだろうか。
井上絵美子と三浦智博の二人とは、大会前に少しだけ接点を持っていた。
それだけに、選手と取材者として接する機会を得られたことを喜ばしく思っていた。
6年前は「最強戦ガールズバー」というコーナーに出ていた井上。
そのときは最強戦を彩る花のひとひらだった彼女が、今はメインキャストの一人、堂々たるファイナリストだ。
「あの頃の自分では、今のことは全然想像できませんでした。でも、あのときに麻雀最強戦の空気感を味わえたことがいい刺激になりましたし、成長して選手としてここに入られるのがすごくうれしい」
灰をかぶってきた姫は、牌を愛し、牌に愛されてここまできた。
階段の終わりまで、あと二つ。
三浦は前日、自ら身を投じた「死の卓」を勝ち上がった。
強い相手との戦いを望むのは、勝負師の性か。
「目の前の半荘に集中する以外は考えられない」と、緊張する自分に言い聞かせるように語る。
しかし、この男には野心がある。
「一番勝ちたいのは僕だと思う」
言葉を選んで話していた印象だが、これだけは紛れもない本心だろう。
最後に会場へと姿を現したのが、唯一のアマチュアである堀江貴文。
ただ、堀江はこの大会に臨むにあたり、鈴木たろう・村上淳・滝沢和典といったトッププロたちと数十半荘に及ぶ対局を重ね、備えてきたのだという。
「何かを教わったというより、とにかくひたすら打ちました。打ちながら疑問に思ったところをその都度質問して、2着取りの研究をするという感じです」
ちなみにトップ取り麻雀の練習も一度してみたそうだが、鈴木たろうがオーラスでアガリ倒し、最後は役満まで決めたそうだ。
プロの凄みも学んだ上で、アマチュアとして真っ向勝負。
分野は違えど一流、やれるだけの準備は決して怠らない。
決勝卓:誰かの夢が叶うとき
A卓・B卓が終わり、4人の決勝卓進出者が決まった。
アマチュアを含めるとおよそ2万人もの人が参加した大会の、頂点が決まる半荘だ。
多井は過去に2度、この舞台を経験している。
「やりすぎちゃいけないし、やらなさすぎてもいけない。一番勝ちに近いバランスで勝負したい」
苦しい戦いを制して2位通過した本田。
「作戦とかはないですけど、気持ちをしっかり持って。前に出られるかどうかをしっかり考えて打ちたい」
怒濤のアガリラッシュでトップ通過した新井。
「決勝も全局参加するつもりでやりたい。肉を切らせて骨を断つ、という麻雀で。多井さんが付き合ってくれるかは分からないですけど」
井上は2位通過こそ決めたが、納得のいく麻雀ではなかったという。
「優勝しか意味がないので、堂々と、しっかり麻雀を打ちたい。多井さんはすごく強いイメージがありますけど、相手のことはあまり考えずに」
四者ともに、緊張の面持ち。
最強位が決まる戦いが始まる。
※決勝卓観戦記リンク
2020年の最強位となったのは多井隆晴。
自他共に認める「最強」の称号を手にした。
彼にとっては悲願とも言える優勝だった。
大会後:敗者の思い、見届けた人たちの願い
「を引け、と祈っていたけど、祈ることなんか意味がない」
新井は、南4局で井上のを鳴けなかった選択を悔いた。
今年の「プロ雀士ランキングベスト16大会」でも似たような場面で鳴くべき牌を鳴けず、窮地に陥りかけたことがあったという。
「未熟さが土壇場で出てしまった。でも楽しめたし、胸を張りたい」
おそらく無理やり作ったのだろう、それでも新井は、最後まで笑顔だった。
表彰式で涙ぐんで言葉に詰まる様子を見せた井上。
「悔し涙に見えちゃいますよね。でも、もう少しできることがあった、という方の涙です。納得のいく麻雀が打てなかった。もっと勉強しないといけないと思いました」
言葉に詰まり、これだけ聞くのが精いっぱいだった。
後日たまたま井上と会う機会があったのだが、そこで彼女はきちんと取材に応じられなかったことを詫びた。