そこにあるのは「麻雀」だけ。伊達朱里紗に教わった麻雀の本質【Mリーグ2021レギュラーシーズンメモリアル】文・長村大

そこにあるのは
「麻雀」だけ
伊達朱里紗に教わった
麻雀の本質

【Mリーグ2021 レギュラーシーズンメモリアル】文・長村大【特別寄稿】

配牌は──平凡といえば、あまりにも平凡だった。

今見返しても、まさかこの手からあんなドラマ──少なくともおれにとっては衝撃だった──が生まれるとはまったく想像できない。少々大げさかもしれないが、Mリーグ新加入、しかもプロになってわずか数年の選手に「麻雀プロとはなにか」を突きつけられたシーンであった。

間違いなく、今シーズンいちばん印象に残った局である。

Mリーグ2021、ドラフトの日──KONAMI麻雀格闘倶楽部から伊達朱里紗の名前が呼ばれたときも、違和感はなかった。我々野次馬が酒かっくらいながらやるような、無責任かつ好き勝手に過ぎる予想でも彼女の名前は挙がっていた。

だが、おれ個人的には、彼女のことも彼女の麻雀のことも、ほとんど知らなかった。同じ連盟員なれど、直接会ったことも──いまだにだけれど──なかった。

プロ連盟の新設タイトル「桜蕾戦」の優勝者であること、そしてなにより有名な声優さんであること──つまりは誰もが知っている情報しかなかったし、ややもすれば「芸能人」という色眼鏡で見ていたかもしれない。

そもそも同じ麻雀プロであるならば、芸能人だろうが社長だろうが無職だろうが関係ないはずだ。そこにあるのは「麻雀」だけである。

そして、その麻雀で──おれは伊達朱里紗に魅了されてしまったのだ。

 

10月22日第一試合、南3局。8巡目に岡田紗佳──もちろん彼女も芸能人だ──からリーチが入った時点で、先述の手はこうなっていた。

チートイツ含みのイーシャンテン。とはいえ、現在トップ目であり、そこまで強くは押さないだろう。どこで撤退するか。

10巡目、ここに【5ソウ】をツモった。こうなれば話は違う、なにしろ四暗刻のイーシャンテンなのだ。そっと現物の【9マン】を置く。

すぐに次巡、【8マン】をツモって四暗刻のテンパイ。

伊達はここで、今一度点差の確認のために時間を使った。

当然テンパイには取る。あとはリーチをかけるかどうかだが、ここはダマテンとした。ロンアガリの12000でも十分との判断であろう。山にはアガリ牌が3枚寝ており、ツモアガリの可能性も十分だ。

だが、この後に視聴者──おれもだ──が見た景色は、役満をツモるよりもはるかに衝撃的だったのではないだろうか。

 

14巡目、伊達の手が止まった。掴んだ牌は──【5マン】である。

確かに、危険牌。だが、こんなものは切る一手だろう。解説の渋川も絶叫したように「こっちは四暗刻なのだ。おれなら、間違いなく切る。

約20秒の思考の後、伊達が切ったのは──【北】であった。四暗刻のテンパイをオリたのだ。

おれは信じられなかった、ほんとうに。

だって、ツモれば役満、16000オールなんだぜ。

【5マン】が当たるかどうかなんてわからない、いや、当たらないことの方が多い。【5マン】が当たり牌じゃなくて、次のツモが【北】だったらどうするんだ。役満のアガリ逃しなんて、めちゃもったいないし、恥ずかしいじゃん。これ切ってロンて言われたって、誰も文句言わねえよ。

だけど、伊達は切らなかった。信じられないことに、オリたのだ。

ちなみに岡田のリーチは

【5マン】【8マン】待ち。

【5マン】はなんと、ほんとうに当たり牌であった。

だが、そんなことはどこまでいっても蛇足である。伊達とて、岡田の【5マン】【8マン】を一点で読んだわけではない。状況から判断して、押さない決断を下したに過ぎない。

Mリーグという大舞台、役満テンパイ。【5マン】を切る理由なんていくらでもある。しかも伊達は、今年から入った新人なのだ。良いところ、かっこいいところを見せたい──そんなときに、この判断をできる人間がどれだけいるだろうか。おれは──できない自信がある。

あるいは、データ的には【5マン】を押すのが正着かもしれない。それだけリターンは大きい。だが、重要なのはそこではない。自分の判断を、自分で信じることができるか、である。

考えてみれば、Mリーグという舞台で役満アガりたい、とか、逆にアガリ逃ししたら恥ずかしい、なんてのは麻雀でもなんでもない。ただの自分の願望や羞恥だ。

麻雀という、いまだわけのわからないゲーム、そのプロを名乗るならば──自分で下した決断を、自分で実行できるのは最低条件だ。

良い選択が良い結果になるとは限らないこのゲームで、自分の選択を実行するのは案外に難しい。ここで役満アガったら、振り込んだら恥ずかしい、本来は判断と無関係のはずの要素は、そこかしこに転がっている。それは舞台が大きければ大きいほど、だ。

伊達は好成績で、今シーズンを終えた。もちろんツキもあっただろう。

だがいずれ──明日からかもしれない──なにがなんだかわからないくらいの不調に襲われるときが来るはずだ。それはすべての麻雀打ち、いや、すべての人類に等しく訪れる不運だ。誰も逃れることはできない。

だが、この決断ができる伊達であるならば、その不運すら糧として、さらに大きな麻雀打ちになれるのでは、と感じさせられた。

そしておれも──だいぶ歳はいっているけれど──同じ麻雀プロとして、そうありたい、そうあるべきだと改めて思ったのである。酒ばっかり飲んでる場合じゃあねえんだ。

 

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やれんのか?伊達朱里紗!【文・伊達朱里紗】

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