しかしここからの藤川が巧かった。まずは、テンパイを取らない打。
続けて、カンテンパイで復活したあとに、裏筋のはプッシュ。
を止めてを押した理由は、で放銃したときの打点である。789三色の可能性は薄く、がアタるならば、あってメンピンだろう。理屈はそうなのだが、かなり危険に見えるを押すのは勇気がいる。
しかしその後につかんだで、通った筋が多くなっているため、藤川は再度ダウン。
「アタリ牌をつかむたびにヤメますね、藤川選手」
それは、実況の日吉辰哉が送った最大級の賛辞であった。第11期将妃、そしてMENSAの名はやはり伊達ではない。この局は、逢川の一人テンパイで流局。
即・ツモ切りにみる魚谷の矜持
南1局
結論から言えば、この局が魚谷の最後の局となってしまった。
東場は手が入ったものの全て実らず、南場はまったくと言っていいほど手が入らなかったからだ。それでも私は、この局に魚谷の女流桜花、そしてMリーガーとしての矜持をみた。
まずは局を進めたいトップ目の内間が、1巡目のをポンする。
待ちに変わった内間の打(ドラ)を魚谷がポンして、打とした。
ドラポンではあるが形が悪すぎて、良くてテンパイ止まりだろう。大体が内間のアガリになる。そう考えていた。
そして次巡。2枚切れのを、魚谷は瞬時にツモ切った。安全ではないを残して、である。
この凄さが分かるだろうか。手牌だけで言えば、間違いなくが不要である。しかし、と手出しで並べてしまえば、役牌が全て場に出ている中で「魚谷の手牌はまだまだだ」と他家に評価されてしまい、いまのうちと踏み込まれたり、内間の1000点に差し込まれたりしてしまうかもしれない。また、少しでも迷ってをツモ切れば、これも「まだ魚谷はノーテンである」と評価され、憂き目に遭う可能性が高い。
即座にをツモ切ることによって、「魚谷はまだテンパってはいなそうに見えるけど、よもや(のテンパイ)があるな」と他家に警戒させ、自由な打牌をさせないのだ。ここに私は魚谷侑未の凄さをみた。
これを見て、逢川と藤川はすぐにオリた。内間も最大限の努力でを手出しし、自身の手がホンイツではないことをアピールして他家に助けを求めたが、魚谷の執念が内間のテンパイを凌駕した。
トップ目内間から、貴重な8000点の直撃。
しかしこのあとの魚谷は全く手が入らず展開に意地悪をされ、事実上この局で魚谷の最強戦は終わってしまった。
南2局
前局に8000を放銃した内間であるが、決して良いとは言えなかった配牌を丁寧にまとめ、リーヅモチートイの1600・3200を和了。そう、これくらいでブレるメンタルなら、そもそも内間はここに座っていない。
大胆と慎重のはざまで迫られた内間の判断
南3局
配牌を開けた内間が、息を吞む。
なんと、第一ツモでテンパイである。「ダブリ―だ!」モニターの向こうから、観衆の声が重なった。
内間は考えた。自身は現状トップ目であり、2位までが勝ち抜けのルールである。自分がダブリ―をかけたらどういう展開になるだろう。恐らく2着目の逢川は踏み込んでこない。3着目の藤川とて、放銃して2着目が遠くなるよりもあまり無理をしないはずだ。となると、腹を括って勝負にくる4着目の魚谷との一騎打ちとなることが容易に予想され、最悪のケースである魚谷に12000以上放銃の未来が残る。
とはいえダブリ―をかけないことは、決して楽な道ではない。全員を自由に打たせることが、果たして自分に利する行為かは分からない。「ほら、素直にダブリ―しておけば」という、衆目の目だってある。こんなにも、1巡目で「大胆」と「慎重」が大きく分かれる選択も珍しい。
しかし11年間の女流Aリーグで培った経験が、左右にぶんぶんと揺れ動く「大胆」と「慎重」の振り子を鎮めて、内間の第一打を縦にした。
「慎重」の選択である。何が正解かなんて、誰にも分からない。けれど内間がダブリ―をしなかったお陰で、2着目の逢川も悠々と仕掛けを入れることができた。
結果、目論見通り上位2人で1局を消化することができたのである。
歴史にもしもは無い。ただ、内間が安易なダブリ―に身を預けていれば、は全て脇に流れており、逢川も仕掛けることがなく、勝負の行方は分からなかった。
最後にみせた藤川の意地と、逢川の胆力
南4局
オーラスを迎えて、トップ目親番の内間はほぼ当確である。残り1席を、逢川、藤川、魚谷の3者で争う事となった。
難しい手牌となった3着目の藤川。2着目まで、5200出アガリ条件である。
下馬評で言えば最下位の藤川。しかし藤川は、このままで終わる訳にはいかないと、心の中で歯を食いしばっていた。
自分への投票は2.9%。しかし、得票数10,251票の2.9%は、なんと300票も入っているのである。その300人のために、私は自分の麻雀でこたえたい。「少しだけ爪痕を残せて良かった」なんて、そんな終わり方はしたくない。
狙うは5200なのだ。そのためにはいらない。最後の意地をかけた藤川の想いが、5200に必要なを、ピンポイントで引き入れた。
文句なし、5200リーチ。藤川の深い息が、卓上に溶ける。投票した300人が、藤川と同じ右手に、藤川と同じ汗をかいていた。