Mリーグ2022-2023シーズンの覇者は、渋谷ABEMASとなった。
今期の優勝は最終日に劇的に決まったという様相ではなく、
ゆっくりと、着実にチームがポイントを積み上げた結果、
大勢に認められる形で、その結末が徐々に鮮明になっていったと言っていいだろう。
1位から渋谷ABEMAS、KONAMI麻雀格闘倶楽部、TEAM雷電、EX風林火山の最終結果は、
結局終盤では大きな順位変動もなかったために、フラットな立場でなら予想と違わなかった人も多いと思う。
しかしその最終戦、おそらくほとんどの人が想像もしていないプレッシャーの中、戦地に立たされた選手がいたのである。
黒沢咲。
実は最後の試合の登板は、事前に彼女に決定していた。
ファイナル途中では風林火山が大きく離れた最下位であったため、
その攻撃力を活かした上の順位だけを見る戦いを期待されていたのである。
ところが──。
最終戦を迎えてのスコア状況である。
見ての通り、麻雀格闘倶楽部は182.1pt差のABEMASを目指すだけ。
トップラス102200点差以上をつけることだ。
そして雷電は4位の風林火山と29.5pt差まで迫られていた。
これは、1着順差で9500点差以上という条件である。(同点はセミファイナルの通過順)
Mリーグの優勝賞金は5000万円、準優勝2000万円、3位1000万円で、4位はゼロである。
雷電は、現状準優勝以上は非現実的だ。
今あるのは1000万円という賞金、そしてそれは、雷電5年目にして初めて、Mリーグの結果で企業に入る利益なのである。
私たち部外者にとってはそう意識する必要のない事実であるが、
Mリーグに参加するということは年間何千万かの費用が掛かる。
選手への年俸、機構に支払う金額、チームの運営費など、
実際はなかなかの頻度で優勝しないとペイできるものではないらしい。
その1000万円を守るべく、29.5pt差を捲られないための、決死の逃走劇に駆り出されたのが、黒沢なのだ。
東1局に、風林火山の勝又健志が2600オールをアガる。
2600オールは10.4pt詰まる。1着順差でいいので、もう捲られたことになる。
黒沢が相手にしているのは、歴戦の試合巧者勝又なのだ。
もちろん多井隆晴、佐々木寿人の優勝が懸かった両名の緊張だって想像を絶するものだ。
当然一瞬だって気を抜ける戦いではないだろう。
とはいえ10万点差というのはそうそう起こることでもなく、ABEMASの優勝と格闘倶楽部の準優勝は、この時点では予定調和に近い。
しかし、黒沢の立場はかなり違う。
勝又も責任は重大ではあるが、元より逆転を狙う側、負けてもゼロがゼロであるし、
勝又ができなかったら仕方ないという空気はある。それは自身でも、周囲でもだろう。
黒沢は自身で、“条件戦が得意なわけではない”と考えている。
本当にそうなのかは分からないが、自己評価では、スタイルに合わない打ち方をせざるを得ないということなのだろう。
私のせいで、チームに初めて入る1000万円を失っていいのか。
自分だけが損を被るならまだいい。
みんなの、賞金を──。みんなの──。
東2局、黒沢は場に3枚目になるドラのカンを捌いてこのテンパイ。
対面の多井はこの待ちマンガンテンパイだ。
黒沢が流局間際にを押した。
これは、めちゃくちゃに怖い牌だ。
ダブドラのをフーロに入れている多井は、マンズならか待ち。
「普段なら3枚目のドラカンチャンでも、2900なら取らないでしょう。
も本来この安手ならオリるべき牌かもしれません」
普段とは違う麻雀を、確かに黒沢は強いられていた。
もっとゆったり、大きな手をメンゼンで作り、高々とツモり上げたいのは山々だ。
しかし勝又が10400点既に上におり、この親番も多井が仕掛けて来ている。
連荘のためのチーテン、そして安手にかかわらずの押し。