期待値計算のできないバカども
勝負事の世界には「期待値」という言葉がある。
ポーカーではEV(=Expected Value)と呼び、英語のほうがなんとなくかっこいい。
が、ここは歯を食いしばって期待値で統一しよう。
期待値とは、「選択した行動に対しての対価」である。
・サイコロで1の目が出たら50円もらえる
・参加費が10円
このゲームに参加すると、計算式は省略するが1回あたり1.666…円ずつ損をしていく計算になる。
これを「期待値はマイナス」「期待値は-1.666…円」というように使う。
短期的には勝ち越すこともあるが、やればやるほどお金は減っていくのだ。
麻雀が強い人はこの期待値計算が得意である。
変数が多すぎて正確な数字は出せないものの、長期的に考えて得な選択を選び続けることが麻雀で勝つことにおいて唯一の道だから。
いやいや俺は感覚的に打っているぜ!と言う打ち手も、期待値計算と同じようなことを脳内で行っているものなのだ。
「やれやれお前ら…期待値わかってんのか?」
最初に抱いた感想はこれだった。
EX風林火山のIKUSAである。
優勝すれば風林火山のスペシャルスパーリングパートナーとして契約できる戦い。たしかに魅力的な企画ではあるのだが、松ヶ瀬プロが優勝した前回のオーディションと違い、Mリーガーが確定するわけではない。
加えて決して安くはない参加費、拘束される4日間…そのIKUSAに集まったプロは208人。
「おいおい、期待値わかっているのか?」
これだけの参加者が集まると、準決勝に残ることができる7位までのボーダーは300ptをゆうに超えることが予想される。16半荘で+300pt…年に一回クラスのバカヅキをこの瞬間に発揮しないといけない。またインフルエンサーやタイトルホルダーには開始前に大きなptが与えられており、100pt以上持ってスタートするプロもいる。ptを持たざる多くの在野プロはかなり不利な戦いだ。そして16半荘が終わった後、8位以下の201人のプロは何も得ることができない。
ベニヤ板くらい薄い確率で優勝してもスパーリングパートナー。少なくない時間とお金を投下する期待値があるのかはとても怪しいところだ。
それでも…多くのプロがあの舞台に座ることを夢想しているのだ。
一挙手一投足に注目され、今や日本中が熱狂する漆黒の舞台。
もし自分があの舞台で打つなら、どんな入場をしようか、どんな麻雀を打とうか、インタビューは?ファンサービスは?…ほとんどの麻雀打ちが一度は想像したことがあるはず。
期待値は「確率✕リターン」で計算される。
どれだけ確率が小さかろうとも、夢の舞台に近づくという大きなリターンのおかげで期待値が生まれるのだ。
今年で46歳。
プロ入り2年目だというのに、もう後がないオールドルーキーの私には、漆黒の舞台までのショートカットは見逃せない。
BETしよう。
ほとんど起こり得ない確率に。
親戚の家
コートを来ていくか迷うくらい春の訪れを感じる3月の終盤。
名古屋在住の俺は新幹線で東京ヘ向かい、会場の赤坂HOLICへ到着した。
HOLICといえばYouTubeチャンネル「麻雀遊戯王」のメイン収録場所。
ここにまりちゅうがよく座っていて…とスマホ越しに見た風景に興奮していると、風林火山の藤沢監督がお出迎えしてくれた。
写真で見たまんまの気さくなお父さんといった印象で、参加者にスポンサー商品のグミや、自前のお菓子などを配っていた。
(明治さんのブーストバイツ。噛みごたえがある上に元気が出る物質が入っているので、麻雀中に食べると集中力がアップする。)
もてなされていると親戚の家に遊びに来たような感覚になってしまったが、いやいや違うと首をふる。俺は戦いにきたんだ。
選手が集まり、藤沢監督からの挨拶、運営からの説明の後、いよいよ戦いの幕が開ける。
防戦一方
最低でも300ptは勝たないといけないといけない戦い。16半荘中8回はトップが必要だな、と皮算用をする。
が、開局、いきなり親のリーチに手が詰まった。
ベタオリしていたのに安全牌がない。1枚切れのに手をかけるも、ちょっと待て、と。
相手のリーチ前は全部手出しだった。→と→と2回連続でターツ落としが入っているのが違和感ありすぎる。
普通の手だったということもあるにはあるが、私の経験上あれは十中八九チートイツ。
となるとは絶好の狙い目である。
「すいません」
少し時間を使う。チートイツだとすると、浮いているマンズもですらも当たり牌に見えてくる。じっと汗がにじみ、鼓動が高まる。
私は暗刻のを切った。自分の読みと心中するならこの一手。
次に困らないのもいい。
--通った。
流局し、リーチ者の待ちはやはりチートイツのタンキだった。ぐるぐる回って切りそうだった牌だっただけにほっと胸をなでおろす。