それでも或世は前に出た。
生半可な覚悟じゃ、トップは取れない。或世はそれを理解している。
何度も見た。チームメイトで、師である白雪レイドが、最後に自分で1000点をアガってトップを決める姿を。
自分も同じように、続きたい。
ここまで自らを奮い立たせるように言葉を発していた或世が、一度言葉を心にしまった。
そしてゆっくりと、息を吐く。
『落ち着いていこう!』
神域リーグのために作ったバナーで、同じチームメイトの渋谷ハルが、そう言っている。
勝ちが見えた時こそ、冷静に。
ドラも切り飛ばす。
退路は断った。育ててくれた皆のため。
ここまでポイントを積み重ねてくれた、チームメイトのため。
自分も、貢献したい。
テンパイが入った……が、待ちのが厳しい。
「待ちが悪すぎる……」
或世もそれは感じている。
しかし、もう戻ることはできない。
事実、もう或世のアガリ牌は山には無かった。
一巡一巡が重く或世にのしかかる。朝陽から、カンまで入った。ダマでトップ条件が入っている可能性だってある。
誰かにロンと言われてしまうかもしれないという恐怖。
リーチが来るかもしれないという恐怖。
それらと、或世は戦い続けた。
或世の、最後のツモ番が終わった。
あとは、勝がノーテンなら、或世のトップだ。
「頼む、流れてくれ……! このまま勝たせてくれ……!」
最後の牌が、朝陽から切られる。
親番の勝の手が――
静かに伏せられた。
「……ッ! っしゃぁああああ!」
……努力した結果が出れば、嬉しい。
その喜びは、努力の量が多ければ多いほど増していく。
本当にたくさんの努力した末に結果を掴み取ると、心の底から喜びが溢れてくるもの。
或世が、対局後に噛み締めるように叫んだその声は――
――心の底から溢れたように聞こえた。
4着に、鈴木勝。テンパイ取りや、最後の親番での粘りは見事だったが、放銃が響いてしまい4着。
それでも、最後まで諦めない姿勢は素晴らしかった。
3着は、松本吉弘。他の打ち手であれば親番での12000の加点はできていたかわからない。
流石のアガリで、なんとか3着に滑り込み。
2着に、朝陽にいな。オーラス最後までトップを見ていたが、悔しい2着。
それでも苦しかったチームがだんだんとプラスを重ねられているのは、間違いなく朝陽の貢献によるものだろう。
嬉しい嬉しい初トップは、或世イヌ。
「マジで上手かったぞ!」「ナイストップ!」「95点くらいあげられるよホントに」
チームメイトと監督多井に褒められ、或世は本当に嬉しそうだった。
SNSやYoutubeチャンネルを確認すればわかることだが、或世はこの神域の出番に向けて並々ならぬ特訓を重ねてきた。
時にはあの千羽黒乃に教えを乞い、雀力の向上を図っていた。
その成果が出たとなれば、これだけ嬉しいのも当然。
これから麻雀を打つ中で、これからたくさん辛いことや理不尽な目に遭うこともあると思う。
けれど、どうか忘れないで欲しい。
嬉しいという感情を。
努力した軌跡を。
この最高の、成功経験を。