数万回の内の、たった１回　”太くないお”と渡辺太【Mリーグ2023-24観戦記 10/19】担当記者 #後藤哲冶

この鋭い読みが、トップを生むか……！
と思いきや

この競り合いを制したのは、魚谷だった。
を力強くツモっての、8000オール。

ＭリーグでＭＶＰの経験もある魚谷が、渾身の8000オールでなんとトップが見える位置にまで迫ってきた。

長い。あまりにも長い。
トップがとれるかもしれないと思った南２局から、あまりにも長い旅路。

太が眉間に手を当てるシーンもあった。
長時間に及ぶ対局。全く楽をさせてくれない対戦相手。
集中力を最大限まで引き上げているからこそ、太の脳が疲労を訴えているのかもしれない。

震える手を必死に抑え込んで、太が最適解を紡ぎ出す。
１牌１牌を精査して、今何を切るのが最善なのかを、必死に考える。
親の魚谷が仕掛けた。打つことはできない。
アガリに向かって仕掛けたが、もう巡目がほとんどない。
ここはを切ってオリを選択。

熟練の打ち手多井が、太がオリを選んだことに気付いた。
親の魚谷の最終手出しは。まだ、テンパイが入っていないケースも多そうだ。

多井が静かに、点棒状況を見やる。
魚谷に鳴ける牌を供給するか。それとも、絞り切って流局を待つか。
魚谷との点差、太との点差。それらを鑑みて、多井が選んだのは――

流局を受け入れる、オリ選択。
魚谷の手牌が伏せられて――

渡辺太の、今シーズン初トップの瞬間が、漸く、漸く訪れたのだった。

萩原は苦しすぎる展開で４着。
魚谷と多井は、共に意地のアガリを魅せて、３着と２着という結果になった。

ネット麻雀最強雀士が、最高の舞台で麻雀を打つ時代がやってきた。

トップが決まった瞬間、太の目には、きらりと光り輝く何かが。

（渡辺太のYouTubeチャンネル『ないおトン』より）

このトップは、渡辺太がこれまで打ってきた数万という麻雀の内の、たった１回のトップ。
並々ならぬ成績を持つ太だ。獲ってきたトップの数など、それこそ星の数ほどあるだろう。

何万と繰り返してきたトップの、たった１回。

なのに。
何故太はこんなにも熱い気持ちになったのだろうか。

答えはそう難しいものでもない。
苦しむ仲間、頼もしい仲間がいて。
この舞台に残り続ける原初からの猛者に囲まれて。
終盤になっても油断も慢心も許されない。

そんな一戦を乗り越えたから一筋零れ落ちるものがあったのだ。

――たとえ三万回打ち続けてきたとしても、三万一回目に感じる景色は新しい。