数万回の内の、たった1回 ”太くないお”と渡辺太【Mリーグ2023-24観戦記 10/19】担当記者 #後藤哲冶

……かに見えた。

流局を挟んだ南2局1本場、多井が萩原から8000点の直撃。
安全牌が無かった萩原からしてみれば、後スジの【8ソウ】での放銃はあまりに厳しい。
これで、多井が点棒をもった2着目で親を迎えると。

多井が猛烈なラッシュを見せる。
仕掛けを駆使しての2000点を皮切りに、1本場では萩原のリーチに押し切っての1000オール。
畳みかけるように2本場は、打点でリャンメンを拒否してのツモり三暗刻シャンポンリーチ。

これに中スジとなっていた【6マン】を太が放銃してしまい、2400の直撃。

これでなんと、多井が太に並んだ。
簡単にトップはくれてやらない。麻雀界を牽引してきた男の意地が、太の行く手を阻む。

更に次局は多井の1人テンパイで、ついに多井が太をかわしてトップ目に。

しかし次の南3局4本場では、太にとって幸運な事象が起きる。

魚谷のチンイツに、多井が振り込んでしまったのだ。
魚谷は赤を含む【5マン】のトイツ落としが入っていたとはいえ、【1ピン】をポンしてから手出しは入っていなかった。
多井もまだアガリたい手だったからこそ、打ってしまった【2ピン】
しかしこれにより太は、トップ目でオーラスを迎えることに成功。

あと1局、あと1局で初トップを持ち帰ることができる。
オーラスだ。

太が【2ソウ】チーから仕掛ける。
なりふり構ってはいられない。
少しでもアガリに近づく鳴きはする。打点はいらない。ただこの1局を、最速で駆け抜けることさえできれば、トップなのだから。

続けざまに、【4マン】をポン。形が盤石とは言い難い。
それでも、一刻も早くアガるために太が懸命にその手を伸ばす。
チームにプラスをもたらすために。

しかしそう簡単に、トップで逃してくれはしない。
親の魚谷が、絶好のペン【7マン】を引き入れてテンパイ。
ドラは【5ソウ】。とはいえ、【4ソウ】【7ソウ】ツモでも4000オールの打点があることから、ここはリャンメンにするかと思われたが。

「リーチ」と魚谷が力強く宣言し、河に置かれた牌は……【6ソウ】だった。
ドラの【5ソウ】【北】のシャンポン待ち。
理由はいくつかある。【4ソウ】【7ソウ】が必ずしも良いリャンメンではないこと。
【北】が、タンヤオで仕掛けている太もいることから、待ちとして期待できること。
萩原との点差も開き、下を見る必要があまりなくなり、高打点を目指す価値があること。

【5ソウ】をツモれば、8000オールからの強烈なリーチだ。

魚谷のリーチの数巡後に、太が追い付いた。
「これ【5ソウ】の引き合いだ!」

実況の日吉プロが太が打牌する前から声を荒げる。
当然だ。【8ソウ】がリーチ者の現物で、【4ソウ】は通っていない。多くの人が、【8ソウ】切ってのカン【5ソウ】に構える、そんなシーン。

しかし、麻雀シンギュラリティは大衆の想像の上を行った。
通っていない【4ソウ】を切り飛ばしての、カン【7ソウ】待ち。

理由はいくつかある。【6ソウ】が3枚見えておりワンチャンスなこと。
そして、魚谷のリーチ宣言牌が【6ソウ】なこと。
魚谷には【1ソウ】が通っており【1ソウ】【4ソウ】では当たらず、仮に【4ソウ】【7ソウ】が当たるとして、ドラ【5ソウ】であるが故に、【5ソウ】【6ソウ】【6ソウ】からの【6ソウ】切りリーチがまず考えにくい。
先に【5ソウ】【6ソウ】とドラを使うリャンメンに固定するケースが多いからだ。
【4ソウ】【4ソウ】【6ソウ】からのシャンポンリーチも、【5ソウ】がドラであるから考えにくい。

そして、自身の待ちとしては、【5ソウ】【7ソウ】では、【6ソウ】がワンチャンスなこともあり、アガリ切るならカン【7ソウ】だと決め切ったのだ。

理屈が分かったとして、この舞台で、一体何人がこれをできるだろうか。
トップ目から、オーラスに親のリーチに対して通っている牌でもテンパイが取れるのに、あえて通っていない牌を切る。

膨大な知識量と経験。読み。そしてそれらと心中できる心の強さ。
太くないお渡辺太になった。しかし、渡辺太の中に、太くないおとして打ってきた経験は、間違いなく生きている。

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