これ以上素点差がつけば、試合前にあった110ポイント強の差が一撃で消し飛びかねない。

苦しい状況で迎えた親番、開けた手牌にはメンツはおろかリャンメンすら一つもない。

これではそうそう先手を取ることなどできない。多井の先制リーチがかかる。

高宮はこの宣言牌をチーして、

トイツのを切った。巡目はまだまだ残っているが、
の後付けで多井のリーチをかいくぐってアガりきれるかは甚だ疑問だし、アガったところで現状1500。連荘に重きを置くならアガっても流局テンパイでも意味はほとんど一緒ということで、アガリよりも形式テンパイを狙う進行となる。

醍醐もテンパイする中で高宮も終盤に形式テンパイ。

醍醐は終盤にオリ、2人テンパイで流局。
早々に形式テンパイ狙いとした判断、それを実行・完遂する胆力は見事だ。

だが、つないだ親番でもチャンスは訪れず、黒沢に流されてしまう。
これで高宮の目標は黒沢とのトップラス阻止、最悪の回避へと修正せざるを得ない。

南3局は、超特大トップ連発を目指す多井がツモり四暗刻のリーチ。

そこに対し、高宮もテンパイ。

このとき、高宮はより高い手への振り替わりを見てのテンパイ外し、そして見逃しもするかも考えていたという。現状は離れたラス目だが、アガリ方次第では着順アップもないわけではない。多井のアガリは黒沢逆転の目が出てくるので高宮としては歓迎だが、多井に打ち込んでさらに素点を失うのも厳しい。

決断はドラのカン待ちリーチ。

リーチ時1対4のめくり合いを制したのは高宮。
裏ドラは乗らずも2000-4000のツモは、2着がうかがえる位置までの素点回復となった。
■黒沢咲、人生初の一発消し

オーラスは満貫を目指した高宮だったが、どうにも手が伸びないまま、局は終盤へと差し掛かる。

黒沢は手牌をスリムに構えながらもタンヤオ三色の1シャンテンまでたどり着いていた。ただ、アガれればアガるだろうが、大事なのはトップを持ち帰ることであり、今の着順を維持すること。

だからテンパイにはこだわらない。高宮の現物を抜いて手を崩す。3枚切れの
は完全安全牌だ。

最終盤、ハネ満ツモでトップの多井が条件を満たす可能性のあるリーチをかけた。

黒沢は、醍醐が切ったを少考してポン。
いわゆる「一発消し」で、多井のハネ満成就の可能性を少しでも下げる鳴きだ。
やる人が多い仕掛けだとは思うが、黒沢がやっているイメージはあまりないし、本人も「たぶんやったことがない」と語っていた。なかなかに信じがたいが、黒沢が言うと信憑性もある。
時間をかけたのは、万が一の放銃がないかを念入りに確認したのが一番だろうが「不慣れだったから」と言われても納得してしまいそうだ。

多井はツモれず、流局。

黒沢は高宮とのトップラスという、最高の大仕事をやってのけた。

「この舞台で打つのは恐怖との戦い。とにかく前向きに」
試合後、黒沢はこの試合に臨む心構えについて語った。
ミスをしてなお卓につくには、相当な怖さや重圧もあったはず。
しかし彼女は、それを振り切って卓につき、勝った。
それはただの1勝以上の価値があることなのかもしれない。

「いろいろなものを一つのトップで返せたとは思っていない。今期中に返し切ったと言えるような戦いを見せたい」
その舞台は、セミファイナルを越えた先にある。
さいたま市在住のフリーライター・麻雀ファン。2023年10月より株式会社竹書房所属。東京・飯田橋にあるセット雀荘「麻雀ロン」のオーナーである梶本琢程氏(麻雀解説者・Mリーグ審判)との縁をきっかけに、2019年から麻雀関連原稿の執筆を開始。「キンマweb」「近代麻雀」ではMリーグや麻雀最強戦の観戦記、取材・インタビュー記事などを多数手掛けている。渋谷ABEMAS・多井隆晴選手「必勝!麻雀実戦対局問題集」「麻雀無敗の手筋」「無敵の麻雀」、TEAM雷電・黒沢咲選手・U-NEXT Piratesの4選手の書籍構成やMリーグ公式ガイドブックの執筆協力など、多岐にわたって活動中。