【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第3話:吉祥寺【長村大】




中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第3話

 

東京で「中央線」といえば、新宿から高尾に一直線に伸びる、オレンジ色の電車を指す。昔は全身まさにオレンジ色だったが、今はシルバー地にオレンジのラインが入っているだけだ。なんでも、素材が改良されて塗装で車体をカバーする必要がなくなったために、塗装のいらないシルバー地になったらしい。車体を塗るにも金がかかるということだろうが、今の、妙に都心の地下鉄じみたシルバーよりも、ダサさ丸出しのオレンジ色のほうがおれは好きだった。

 

歌舞伎町からJR新宿駅に向かい、東口改札を入る。19時過ぎの駅はごった返している。天下の新宿駅コンコース、平日でもいろんな所から集まってきたいろんなやつら、外国人観光客も日本人も、方向を見失ってスマホとにらめっこしている。混雑した通路のど真ん中で立ち尽くされればももちろん邪魔なのだが、もはやこれくらいで腹を立てたりはしない、何十年も東京で暮らしていれば、さすがに慣れる。

実際、新宿駅というのは不便な造りだ。西口に行きたい人間が「よくわからないがとりあえず近くの改札出てから考えよう」などと思って東口から出てしまったら致命傷だ、西口改札まで行くのに慣れた人間でも5分はかかる。まず地上に出て喫煙所の隣から薄暗い地下道に入りホームレスを横目に見つつ地上に出て思い出横丁(昔のションベン横丁だ)の脇を通り過ぎ、通りに出たら左折して100メートルほど歩くだろうか、駅構内に入りエスカレーターで地下に降りれば、やっと西口改札だ。どうかしている。田舎から就職試験のために出てきて、新宿駅ダンジョンに飲み込まれて遅刻、などということも頻発しているらしい。

 

そんな田舎者どもを素早くよけながら、中央線下り電車に乗り込む。おれの家は阿佐ヶ谷なので、中央特快や通勤特快に乗ってはいけない。特に後者は危険だ、中野を過ぎたら国分寺まで連れていかれてしまう。

この時間の中央線下りは、ごくごく控え目に言って、死ぬほど混んでいる。比喩ではなく、老人は骨が折れて死ぬのではないか、という圧を受けることもままある。混雑に耐えながら、中野、高円寺、そして阿佐ヶ谷。だが、2秒考えてそのまま電車に乗り続けた。さらに荻窪と西荻窪をスルーして、吉祥寺で下車する。

 

吉祥寺は、おれにとって馴染みの深い街だ。

なにしろ、小学校から大学まで、一つの敷地内にある学校に通い続けたのだ。そもそも、高校入学時に父親の仕事の都合で練馬区に引っ越すまでは、吉祥寺に住んでいた。

今でこそ住みたい街ナンバーワンだのと妙にもてはやされているが、おれが子供の時分は、まったくもってびた一文そんな扱いではなかった。どちらかというと同じ中央線のさらに西、立川とか八王子とかと同じような扱いで、まあそこそこ街は大きいけど田舎だよね、吉祥寺のやつって吉祥寺から出ないよね、みたいな感じである。携帯電話などというものが世に出る前、皆が当たり前に家の固定電話を使っていた時代、23区の市外局番「03」がやけに羨ましく、武蔵野市の「0422」によくわからないコンプレックスを抱いていた。

10年ほど前に吉祥寺駅も大きな改修が行われ、構造が大きく変わった。かつては二階に南口改札、階段を下りた一階に大きな北口(中央口)改札があったのだが、それがなくなり、その分二階に二か所の出口ができた。もちろんおれは理由なく「昔のほうがよかったよなあ」などと思う老害だが、この改修はまだいい。人が使い続ける以上老朽化はするし、いつかは直さなければならない。

問題は駅ビル「ロンロン」が「アトレ」になってしまったことである。

吉祥寺といえば「ロンロン」だ。この絶妙にダサいネーミングが、他の中央線沿線の街々と寸分たがわずチェーン店化の波に飲み込まれつつある吉祥寺の、残り少ないデコボコだったように思えるのだ。もうほとんどはつるんと均されてしまって、顔かたちなんてなくなってしまった、吉祥寺の。

「ロンロン」のままでいいじゃないか、そんなのただのノスタル爺のたわごとだ、むろんわかってる。そもそも「ロンロン」でも「アトレ」でもほとんどの人はどっちだっていいだろうし、たかが駅ビルの名前になにかを象徴させようなんて、独りよがりのナルシシズムだろう、自覚はある。自覚がある、だけだが。

 

南口改札を出て、エスカレーターで一階に降りる。左右に広がる道は一方通行の狭いバス通りで、各種居酒屋各種ファストフードラーメン屋カフェ寿司屋キャバクラ不動産屋、小さな雑居ビルにいろんな店が詰め込まれている。それを100メートルほど歩いた右側のビル、地下に続く汚い階段。

 

「ノーチャージ ウイスキー400~ ピート」

 

汚い階段の入り口に、小さな看板が出ている。友人のソカベがやっているショットバー「ピート」である。週の半分くらいは、なんとなく顔を出す。

 

「お疲れー」

扉を開けて入ると、カウンターの中からソカベが声をかけてきた。身長は185センチくらいあるが体重は60キロを切る細身、顔の下半分全部ヒゲ、みたいな男だ。年はおれより二つ三つ上だが、それを気にしたことは、あまりない。

 

ソカベは「ピート」でたつきを立てているが、それとは別に、現役の競技麻雀プロでもある。数年前、自団体の最高タイトルまであと一歩のところまでいったらしいが惜しくも敗戦、それ以降はややくすぶっているようだ。

 

カウンターのみ6席、一番端に座る。まだ客はおれだけだ。

なにも言わないうちに、ソカベが瓶ビール、つまり赤星の中瓶を開け、ビアグラス二つに等分に注ぐ。最初のビールはソカベと半分ずつ、いつの頃からかそうなっている。中年男子が一本のビールを分け合うというのもぞっとしないが、なんとなく儀式めいた習慣となってしまった。

 

グラス一杯のビールなど、すぐなくなる。

「パンク」

スコットランドのクラフトビール、パンクIPAを注文する。ソカベが新しいグラスに、330ml入りの瓶の中身をすべて注ぐ。スコットランドでパンク、というとどうしたって音楽を想像するが、実際「かつてパンクがポップを吹き飛ばしたように、英国のビール文化を粉砕したいとの希望を込めて」パンクIPAと名付けたらしい…コーヒーと同じだ、別に詳しいわけではないし、味にうるさいわけでもない。ただ言いたいだけ、なのだ。

 

「もうすぐmjリーグ、始まるねえ」

唐突にソカベが振ってきた。

「ああそうなんだ、いつだっけ?」

「来週の月曜からかな」

 

mjリーグとは、プロ麻雀界の新しいタイトル戦である…のだが、普通のタイトル戦とはまったく違うものと言っていい。8社のスポンサー企業が既存のプロ団体から選手を数人選び、年間のリーグ戦を行う。対局はすべてインターネットTVで放送、誰でも無料で視聴できる。

なにより画期的なのは、選ばれた選手には、スポンサー企業から年俸が支払われるという点だ。プロ野球やJリーグと同じである。

 

あまり興味のないおれでも、それくらいは自然に知ってしまった。もちろん今はプロでもなんでもないただの一般人だが、ほんの僅かとはいえ「もし続けていれば…」と思わされる話だよな、そう思いながら、おれは残り少なくなったパンクIPAをすすった。

 

 

第4話(4月17日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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