【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第11話:二次予選【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第11話

 

負けて悔しがる、あるいは悲しんでいるやつを慰めるのは嫌いだ、特に麻雀において。

そもそも麻雀に敗因めいたものがあるとすれば、それはほとんどの場合「ツイてなかった」からに他らならない。短期であればどんな強いやつでもツカなきゃ負けるし、逆にどんなイモでもツイてれば勝てる。確率に多少の差があるだけだ。どんなやつでも勝てる、その幻想こそが麻雀が大衆に支持されてきた理由の一つでもある。いやしくも「プロ」を名乗るのであれば、最低限理解し、受け入れなければならない事実だ。

負けた原因を過度に自分の実力に求めたり、あまつさえ他人のせいにするのは、麻雀の理解度が低いどころじゃない、もはや冒涜だと思う。しつこいようだが、少なくともプロを名乗るならば。ときに理由なく勝ち、ときに理由なく負ける。それが受け入れられないとすれば麻雀なんか打つな、腕相撲でもやっててくれ。

だいたいが、「悔しそうな態度」ほど胡散臭いものはない。ほぼ例外なく作り物だ、つまり同情してほしい、慰めてほしいだけのかまってちゃんだ。そしてそれになんの根拠もなく「大丈夫、次は勝てるよ」とかぬかすやつも同罪で、「弱っているやつに優しくする自分」を演出するバカでしかない。

作り物の態度に作り物の言葉、そこに心はない、ただ口をパクパクさせているだけだ。そんなものに意味があろうか?

おれにはよくわからないし、そこに加わりたくもない。だから、勝っても負けても黙って席を立つのみだ。

 

 

 

二次予選の朝は、機関車トーマスの目覚まし時計をセットしなかった。思いのほか前日の仕事に時間がかかってしまい、寝たのが遅かったのだ。ほとんど出られる見込みもない補欠、起きられなかったら起きられなかったでまあいいやと思っていた。

だがしかし、なぜだかきっちり7時に目が覚めてしまった。起きてしまったからには行かざるをえない、わざわざ着慣れないスーツを着て革靴を履いて行くのは正直気が重かったが。

締め切り時間の10分前に飯田橋の会場に着き、知り合いの受付係に話しかけてみると、まだ数人来ていない人間がいるという。ああそうなの、と思いながら会場を見渡す。一次を勝ち上がったやつに加え、二次からのシードで出てきているやつ。当時はベテランばかりだった、各団体の上位リーグの者もたくさんいる。なかなか打つ機会もないのでちょっと打ってみたいな、と思ってしまったのは単なるミーハー心だ。遠くにコニシがいるのも見えた。

締め切り時間の1分前になったが、まだ一人、来ていない人間がいるという。受付係が携帯電話を取り出して、117にかけている。時報である。

 

ピッピッピッ、ポーン、午前11時ちょうどをお知らせします──

 

「では小山田さん、受付をお願いします」

なんと出番が回ってきた。わざわざ来た甲斐があったものだと思いながら受付をしているところに、遅れていたやつが会場に飛び込んできた。11時を30秒ほど回ったころだろうか。

そいつは11時0分59秒までは11時のはずだなどとゴネていたが、アホか、11時といったら10時59分59秒までだろ、と思いながら受付を済ませて、卓に着いた。そいつも会場係に引導を渡されて渋々帰っていった、まったくうんざりしてしまう。

 

二次予選も一次予選とほぼ同じシステムの半荘4回勝負だったが、3回戦までは特に書くこともない。あまりにもツイていたからだ。東場のうちに速くて重い手が入り、特に考えることもなくアガれてしまう。軽い手が欲しいときには軽い手が入り、これも普通にアガれる。難しい局面がおとずれるわけでもなくトップを三つ重ねて、勝ち上がりがほとんど当確した状態で4回戦を迎えた。

 

最終戦の卓に着くと、また、コニシがいた。

コニシもたしか好調だったはずだ。

「どうよ?」

「そうな、ラスじゃなきゃだいたい大丈夫だと思うけどな」

思わず顔を見合わせて笑ってしまった。一次予選のときとは、まったく逆の立場になっていたからだ。まあ普通にやるしかないけどな、と言ってから、当たり前のこと言わなきゃ良かったな、と思った。

 

4回戦も、おれは引き続き好調だった。序盤に満貫の放銃があったが、東ラスの親番で一発ツモの跳満をアガり、あとは寝ていても大丈夫な点棒を手に入れた。補欠からギリギリ滑り込めた幸運が続いているに違いない、きっと。

対してコニシは苦労している。手がまとまらないうちに他者に先行され、前に出られない。致命的な放銃こそないものの、ツモられてノーテン罰符を払ってで、徐々に失点を重ねていった。

 

オーラス。

点棒は親のおれから40200、下家が39600、トイメンのコニシが9700、上家が9500。

上下がくっきりと分かれたかたちだが、ここでもまた、おれに手が入る。

 

    ドラ

 

アガればトップの下家から出たドラをポン、9巡目にコニシから出たをポンしてテンパイとなった。

コニシは放銃さえしなければ、おれがアガってもかまわない。次局もう一度ヨーイドンになるだけだ。下家もそれなりの手格好からドラを放したのだろうが、ノーテンであればそれほど強くは押せないだろう。打ってももう1局だが、12000の放銃は事実上の終戦だ。

だが12巡目、その下家からリーチがかかり、同巡に上家からもリーチの発声が聞こえた。どちらもアガれば1着順アップ、最後の勝負どころだ。おれもオリる理由はないので、3人でのめくり合いである。逆にコニシはベタオリだが、おれか下家がアガれば3着キープになる。

 

山がたっぷり残っているわけではないとはいえ、さすがに誰かしらアガりそうなめくり合いはしかし、アガリのないまま終局しようとしていた。おれの最終手番、ツモってきたのは残り少ない無筋だが、考えずに切った。通る。ハイテイ前、リーチの下家は安全牌ツモ切り。ハイテイ、コニシも当然安全牌で流局。

 

数巡前からどうするかは考えていたので、結論は出ていた。

だが実際に行動に移す段になり、心中にいささかの躊躇もなかったかと問われれば、否と言わざるをえない。極力それを悟られないように、おれは手牌を伏せてノーテンの意思表示をした。

下家も上家も少し驚いたようであったが、コニシは無表情でおれの伏せられた手牌を一瞥し、ノーテン罰符を払った。おれはトップから2着へ、コニシは3着からラスに落ちて、二次予選は終わった。

 

結局おれは2位で予選通過、ラスのコニシは敗退となった。

「負けたやつはとっとと帰るよ」

普段と変わらない、飄々としたかんじでコニシが言った。だがほんの僅か、言外に悔しさがにじみ出ているように思えたのはおれの勘違いか、あるいはバイアスをかけて見てしまっていたのか。

帰り支度をするコニシを横目に見ながら、おれはオーラスの選択を考え、コニシだったらどうしたかな、とかそんなことばかり考えていた。じゃあな、と言って立ち去ろうとしたコニシに、またな、とだけ答えた。慰めてしまわずに。

 

第12話(5月15日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding
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