中央線アンダードッグ
長村大
第13話
開始の合図から5分後、倍満をツモった。
西家スタートの6巡目に
ツモ ドラ
ここからを切ってリーチ。
を切ってのリーチやを切ってダマテンに構える手もあるところだが、一番図々しい選択である。まだ早い巡目であり、が山にありそう、といった読みはもちろんない。
眼鏡にややヨレ気味の白いワイシャツ、青白い顔をしたいかにも競技プロといった風情の親が、無筋を2枚、通してきた。ああまずいかもな、と思う。一発裏ドラはあるが赤牌は入っていないルール、いかな親とはいえ、条件のない一回戦の東1局である。ブタみたいな手や安手では押し返しづらいものだ。それなりの手が入っているのだろう。あるいはドラが固まっているのかもしれない。
13巡目、ツモった牌を手牌の右端に置いて、親の手が止まる。
5秒ほど考えて、手から現物のを切った。後に聞いたところによると、親は
ツモ
という手牌だったという。は場に1枚、待ちは悪いが三色ドラ1の7700テンパイに、無筋のドラ表示牌をツモってのスライド。出アガリはできなくなるが、テンパイを維持しつつツモやツモを期待する、いたって普通の選択だろう。役無しにつき追いかけリーチを考えたのだろうが、残りのツモ山を考えてダマテンとした。
直後、おれのツモ切った牌はであった。親がほんの僅か、眉をひそめる。そして次巡におれはドラのをツモり、裏ドラも乗って倍満のアガリをものにした。
最終予選である。
ここまで勝ち上がってきたのが32名、上位8人に入ればいよいよ本戦への出場権を手にできる。上々のスタートを切ったおれは、そのアドバンテージを生かしてそのままトップとなった。
予選が始まって以来、ツイている。周りは一流と言われるプロばかりで、ペーペーのおれではなかなか対戦できない相手も多かったが、ビビったり、あるいは卓上において必要以上のリスペクトをすることなく普通に打つことができた。自信をもって卓に座れている証拠でもある。
もちろん、それと、現在以降の勝ち負けとは関係がない。麻雀の実力を正確にはかるのはあまりにも難しい、たいていは「よくわからん」という結論になるものでもあるが、少なくともおれ自身が自分より強いと判断している相手も何人かいた。
それでも、この日もまた、おれは勝ち続けることができた。
初戦のトップを皮切りに、二回戦三回戦と三連勝。四回戦こそ3着になったが、最終戦もまたトップを取り、全体1位で本戦への切符を手にした。
おそらく、というか確実に、おれが本戦に勝ち残ると思っていた人間はいなかっただろう。いちばん下のリーグから二年も三年も上がれない「なんだかいっぱいいてよくわからない下位リーグ者のひとり」である、それが妥当な評価だ。
ともあれ勝ち、そしてチャンピオンが現実的に見えるところまで来ることができたのは、単純に嬉しかった。
その夜、コニシと飲みに行った。
吉祥寺駅北口からサンロードを少し歩き、当時はスーパーマーケットの三浦屋だった角を曲がる。30メートルほどいくと左に入る路地があり、そこの「オールドスワロー」というダイニングバーで待ち合わせした。吉祥寺でジャズバーなどを経営している、有名なオーナーが手がけた店だ。
待ち合わせ時間ちょうどに行くと、コニシが店の前に立っていた。
「なんだよ、先入ってればよかったのに」
「いや、いっぱいなんだよね」
どうしようか少し迷った末、路地の入口の角のビル4階にある「王将」という店に入った。餃子の店ではない、なんの変哲もないチェーン系居酒屋である。この頃はまだ予約をする習慣もなかったし、チェーンの居酒屋に入る抵抗感もなかった。それが若い、ということかもしれない。
「どうだった?」
とりあえずのビールを注文するや、コニシは聞いてきた。ツイッターもスマホもない時代だ、情報を聞くために人と直接会うのだ。ほんとうは「オールドスワロー」の前ででも聞きたかったのだろうが、路上でいきなりメインの話も、という気持ちがあったかもしれない。
「勝ったよ」
さらっと、言ったつもりである。
「おお、良かったじゃん!」
思いのほか大きな反応に、おれは少しびっくりしていた。
「8/32だぜ? ツイてただけだよ」
「いやそりゃそうだけど、ツイてて良かったなって話だよ」
さらにコニシが続ける。
「あーでもいいよなあ、これで次Gホテルで本戦でしょ、おれも出たかったなあ」
「あれ、去年行かなかったけ?」
「いやそれは採譜係だろ、ていうか小山田くんも一緒だったじゃん!」
ありきたりな、やりとりである。しかしおれは、なんだか勝ち残った実感がわいてきたような気がしてきていた。
「コニシくんはな、二次予選でおれが辛く打ったからな」
少し饒舌になっていただろうか、おれはコニシの本心を聞こうとしてみた。
「あれな、まあでもおれでもそうするだろうな、次に万一があるからな」
「万に一つ、もない確率だけどね」
コニシにわだかまりがないことに、おれはほっとしていた。
「まあでもあれだよ、とにかく頑張ってよ、応援はするからさ」