いつでも何にでも
賭け続ける人々
フリー麻雀が、まだバラ打ちと呼ばれていた時代です。
「ツイてない、またラスだ。そろそろ店を開けるか」
ワニさんは毎日のように、昼から夕方まで、麻雀のバラ打ちをして、それから小さなスナックを開店するんです。
「山ちゃん、ウチの新人のルミちゃんが、山ちゃんが来てくれないと寂しいって。
ダルマ1本入れて待ってるからね」
ワニさんは、私の麻雀の師匠のパクさんがオーナーのスナックの、雇われマスター(店長)でした。
その日麻雀で少し勝ったので、カウンター式のスナックに行きました。
「いらっしゃい。ルミちゃんオシボリ出して」
「はーい、初めましてルミでーす」
初めましてって、話しがぜんぜん違うやんけ。
「ボトルお買い上げありがとうございます」
「前のボトル残ってないの?」
「あれは島本さんが来て全部飲んじゃったんですよ」
後で島本さんに聞いたら、
「俺のボトルも、山ちゃんが来て空けてったって言うんだよ」
ワニさんはそういう人なんです。
「ルミちゃんも、一杯ご馳走になりなさい。フルーツの盛り合わせもね。山ちゃんこの界隈じゃ気前がいいので有名なんだから。私もダブルでいただきましょうかね」
みるみるうちにボトルの中身が減っていくんですが、実は彼らはグラスに口を付ける程度で、ほとんどシンクに捨てているんです。
しかも、元のボトル自体が怪しい。
客のボトルなど、色んなウィスキーの寄せ集めなんです。
「ジャラーン」
ワニさんが、いつものようにギターを取りだしました。
「そろそろルミちゃんも心待ちにしてる、山ちゃんのおハコを歌って貰いましょう」
カラオケが登場したばかりの頃で、まだ流しのギター弾きがいた時代です。
「ルミちゃんが、後でぜひ銀恋デュエットしたいって」
もちろんギターの伴奏は有料。しかもカラオケに比べると格段に高いんです。
「さすが山ちゃん上手いねえ。私も長年、プロも含めて色んな人の歌を聞いてるけど、今夜は打ちのめされたね。ルミちゃんなんか目が潤んでるもん」
まだ若かった私は、ついルミちゃんの目を見てしまいました。
私が「浪曲子守唄」など何曲か歌った後(有料)、今度はワニさんの弾き語り(有料)です。
これが「ぴんから兄弟」並みに上手い!
ルミちゃんの目が潤んでるし。 最後はその日の飲み代を賭けて、チンチロリンのサイコロ勝負です。
この勝負、私は損も得も無いと思うんですが、ワニさんは得になると考えていたようです。 勝てば、1人分の売り上げが自分のフトコロに入るし、負けてもタダ同然のボトル代くらいだからです。
「よっしゃーっ」
その晩は私が勝って、飲み代は無しでした。
「ツカねえ! 明日はボトル2本入れて待ってるからね」
ナンパの為なら
外国語もマスター
ワニさんは、麻雀とサイコロだけでなく、パチンコも好きでした。
麻雀のメンツが足りない時に、彼をパチンコ店に探しに行くと、たいて一発台のシマに張りついてました。
「一発当てたら麻雀に行こうと思ってたんだけど」
一発台は、球を五千個くらい打って、1個か2個しか大当たり穴に入らない、ギャンブル性の高い台です。
いったん入ると一万円の出玉なので、一万円以内の投資で大当たりすれは勝ちです。
「もう三万円突っ込んでる。あ、惜しい!」
私が見た限り、どう見ても勝てそうな台ではありませんでしたが、本人は気にしてません。
勝つことよりも、賭けること自体が楽しいんでしょうね。
ワニさんはギャンブルだけでなく、ナンパにも精を出していたので、いわゆる「飲む、打つ、買う」の人生です。
特に精力的だったのが、当時流行し始めたコリアン・パブ通いでした。
ギターやカラオケのレパートリーに、韓国歌謡をたくさん取り入れて、ちゃんとハングルで歌うんです。
ナンパももちろんハングル。
「そんなに難しくないよ。日本語と単語も語順も似てるし」
だそうです。
「日本に来たばかりで寂しい思いをしてる子なんか、ハングルで相談に乗ってやればイチコロだよ」