【麻雀小説】中央線アンダードッグ 第51話:負けたら麻雀やめます【長村大】

中央線アンダードッグ

長村大

 

 

第51話

 

図々しいのは百も承知だ。

かつて麻雀界をバックレて大勢の人に迷惑をかけたおれが、再びそんな舞台に出ることが許されるだろうか。許されまい、少なくともおれの基準では。

では、おれがカナイのオファーを受けることにした理由はなんであったろうか。近年mjリーグの発足などもあり、麻雀界はかつてとは桁違いの注目を浴びており、多少なりともそれに触発されたのはあるかもしれない。「スポットライト症候群」なんていう言葉が頭に浮かぶ、そういうことだろうか? そうかもしれない、だが少し違う気がする。麻雀界をやめて十余年、プロの世界に戻りたいと思ったことは一度たりともなかった。

きっかけだ。なにかきっかけが欲かったのだ、おれは。

十数年、フワフワと生きている。もちろんそれが嫌なわけではない、むしろそうして生きていこうと思った。しんどいこととは向き合わない、それ以前にしんどいことが起こる状況にならないように。とりあえず麻雀など打っていれば、裏メンでもして暮らしていける。金はないが、困るほどなくなることもまたまれだ。頭を使うことはまるでない。あとは酒でも飲んで寝ていれば、どんどん月日は消費されていく。

将来のことなど考えない、考えなければ不安もない。もちろんそのツケは将来のおれが払うことになるが、今のおれが払わないということがなにより重要だ。

年月の進みの速さに愕然とすることはある。自分が四十過ぎの中年? 笑わせないでくれ。

あるいは、そんな日々に少し飽いてきたのかもしれない。カナイの言葉が思い出される、曰く「まだ覚えている人もたくさんいますよ」、昔は知らない人に声をかけられるのが嫌で仕方なかったはずだ、それがなんだ、今は少しでも喜びを感じているのか。だとすればなんと浅ましいことだろう、だがそれもまたおれの本心でもあるのだ。

ならば、と思ったのだ、たぶん。

昔を知る人間からは後ろ指さされるだろうし、白い目で見られるだろう。しかし、やってみよう。なにかをやりたいと思ったのは、本当に久しぶりのことだったのだ。

だが、無理を通してやる以上は覚悟が必要だ。

そしておれは決めた。

負けたら、つまり優勝できなかったら、麻雀やめよう。やめてなにをするかはその時考えればいい、とにかくこの床に広がったスライムみたいな生活を終わりにしよう。もしかしたらまともにだって生きられるのかもしれない。

ではもし勝ったら。

勝ったらどうしようというのか。

もう一度麻雀プロでもやるか? どこか拾ってくれる団体もあるかもしれない。そこまで思って、バカバカしくなって一人笑った。それもその時に考えればいい。

 

 

しかし、十年以上のブランクは大きい。もちろん麻雀は打っていたが、というよりほとんど麻雀を打つだけしかしていなかったが、そういう意味ではない。

プロをやめてからおれが打っていた麻雀は、場末雀荘のおっさんども相手のやり方だ。東風戦一日20回打つような場合、なるべく脳ミソを使わないように打つ必要がある。終盤の煮詰まった場面ならいざ知らず、序盤はほとんどなにも考えないし手出しもツモ切りも見ない。そんなことをしていたら疲れてしまう、それで得られるリターンと支払うべき対価が釣り合わないのだ。普通に普通のことをしていれば、それなりの成績が残る。

また、麻雀プロの実力そのものも昔よりかなり上がっているだろう。かつては「デジタル」という言葉で表現された、ごくごく当たり前のことがおれのアドバンテージたりえたが、それはとうに消え失せた。

さいわい対局日まではまだ時間がある、もう一度麻雀を勉強し直すのも悪くないかな、と思った。なにしろおれの最後の麻雀になるかもしれないのだ。

 

 

なにをしたかはここで多くは書かない。自分の努力をアピールするほど恥知らずではないし、そもそも努力と言えるようなものでもないし、やったことが正解であるのかも自分では判断できない。ただし、ある程度の指針はできた。

やはり長年染みついた東風戦の垢を落とすのには苦労した。つまり手役の軽視である。祝儀が1万点と2万点相当の東風戦は、とにかく内に寄せていくようになる。チャンタ三色を逃すよりもリーヅモ赤を逃すほうがより罪だからだ。それは単にルールの違いではあるのだが、普通の東南戦でも気を抜くと遠い手役を見落としがちになる、つまりルールにアジャストできていない。

時間があるときにはテンゴのフリー雀荘に行き、祝儀比率の低い麻雀に慣れるようにした。別に強い相手とやる必要はない、ほとんどリハビリみたいなものだし、急激に麻雀が上達するわけではない。

 

覚えている人はいないと思うが、以前に勉強会なんて、という話をした。だがおれのやっていることはまさにその勉強会と同じであった。なにかをやったという気になるだけの自己満足、負けたときの自分に対する言い訳。プロを名乗っていたときは一切やらなかった、嫌っていたことを今やっている。なんだかね、と思わないでもない。だが、最後に少しくらいマジメに取り組んだっていいだろ、とも思いながら麻雀漬けの日々を送った。

 

まだまだ先、と思っていた本番の日も、いつの間にか猛スピードで迫ってきていた。この十何年の日々が過ぎゆくスピードは異常だったが、それはなにもしていないからだと思っていた。だがなにかをしている気になっても、時間の過ぎるスピードは変わらなかった。あるいはそれは、なにもしていない証左であるのかもしれないのだが。

 

 

第52話(10月2日)に続く。

この小説は毎週土曜・水曜の0時に更新されます。

 

長村大
第11期麻雀最強位。1999年、当時流れ論が主流であった麻雀界に彗星のごとく現れ麻雀最強位になる。
最高位戦所属プロだったが現在はプロをやめている。著書に『真・デジタル』がある。
Twitterアカウントはこちら→@sand_pudding

 

 

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